土井先生がいない忍術学園の段 その二
「あれ〜? 小菜乃さんそんな大荷物でどうしたんですか?」
「乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくん!」
翌日、早速忍術学園の門をくぐった私の元に、いつもの三人組が駆け寄ってくる。
「組頭と尊奈門の荷物を持ってきたの」
両手に持った風呂敷を掲げるように見せると、彼らは顔を見合わせ、ゲェと苦い顔をした。
「雑渡先生と尊奈門先生の……」
「荷物を持ってくるってことはまだあの二人、忍術学園にいるってことっすよね……」
「えぇ〜!? まだあの授業が続くなんて、ボク考えるだけでお腹が空いてきちゃう!」
それはもう悲痛な面持ちでお腹に手を当てたしんべヱくんに、乱太郎くんたちは呆れた笑みを浮かべる。
「しんべヱ、それはいつものことでしょ」
「エヘヘへ」
そんな会話の横で、きり丸くんは頭の後ろで手を組んだ。
「はぁ〜あ、早く土井先生帰ってこないかなぁ〜」
「うん。本当に」
私も同じことを願っている。
土井先生が無事に帰って来れば、何も知らない子供たちに心配をかけずに済み、裏であらゆる可能性を編み出して捜索しているタソガレドキの皆の肩の荷も降りる。
それに、彼には生きて欲しいと心の底から思っているのだから。
「もしかして小菜乃さん、土井先生になんか用でもあったんすか?」
「え? いや、そういうわけじゃないんだけど……その、早く帰ってくるといいね」
神妙な面持ちで頷き返してしまったのが良くなかったのか、きり丸くんに顔を覗き込まれる。
勘違いをしてくれたお陰で、話を交わすことができたが、違和感を残してしまっただろうか。
その時、ぐう〜と大きなお腹の音が鳴った。
「そうだ! ボクたち食堂に向かう途中だった!」
「お昼時ですから雑渡先生と尊奈門先生もいらっしゃるかもしれないですよ?」
「小菜乃さんも行きましょ〜」
背中を押されながら食堂へ向かうと、ゲッソリと顔に影を作った尊奈門が定食を目の前にして項垂れていた。
「尊奈門……! 少し見ない間にやつれて……!」
「小菜乃さぁん! 聞いてくださいよ〜!」
食堂のおばちゃんから渡されたお盆をありがたく受け取って尊奈門の隣に座る。
いかにこれまで大変だったかを語る尊奈門。この数日で溜まったストレスを吐き出せる相手がいなかったせいなのか、マシンガントークである。相槌を打っているだけの私の箸はよく進み、もうじき食べ終えようとしているのにもかかわらず、彼の皿の様子は先ほどと何ら変わりがない。
話を聞く限り、当然罰ではあるのだろうが組頭を前に授業とは、なかなかに神経のすり減ることをさせられている。
「まったく、それもこれも早く土井が見つか──」
そう口走った尊奈門の声に被せるように「小菜乃さ〜ん!」と複数人が私の名前を呼んだ。
ふと顔を上げると、近くの席に座っていた五年生たちが、いつの間にか私たちを取り囲んでいた。
「五年生みんな揃って……私に何か用?」
ずらりと並んだ顔を見つめる。五年い組尾浜勘右衛門くん、久々知兵助くん、五年ろ組不破雷蔵くん、鉢屋三郎くん、竹谷八左ヱ門くん。彼らが順に口を開いていく。
「何か用? じゃありませんよぉ!」
「タソガレドキの忍組頭のことです!」
「突然殺気を放つの辞めさせてください!」
「あの調子でずっと学園内に居られると落ち着かないんですよ!」
「動物たちも怯えてるんです! 環境の変化に弱い生き物もいるんですからね!」
「え、そ、それはごめんね……」
勢いに圧倒されながら謝罪を口にする。それでも険しい顔で見つめてくる五人は無言で私の肩に手をかけた。
彼らにグイグイと背を押される中、私は顔だけ尊奈門に向け、半ば無理やり風呂敷を押し付けた。
「そ、尊奈門、これ荷物!」
「えぇ!? あぁ、行ってしまった……」
こちらに手を伸ばし、呆気に取られた尊奈門が視界の端から消える。
そうして食堂の外へ連れ出された私はというと、あれよあれよと五年い組の教室に押し込まれていた。
「……まぁ、というのはさておき」
「いやぁ、本当に困ってはいるんですけどね」
話を切り出した兵助くんに、勘右衛門くんがアハハと眉を下げて笑う。
組頭の殺気問題は私をここに連れてくる方便ではなかったのか。何があったらこの良い子が集う忍術学園で殺気を出すことになるんだ。
どんな状況だったか分からない私は首を傾げる。すると真剣な表情で顔を見合わせた兵助くんと八左ヱ門くんが口火を切った。
「ここからが本題です」
「諸泉尊奈門さんの話なんですけど……」
「え、尊奈門?」
「はい、僕ら土井先生が行方不明になった経緯を聞いて、後輩たちのことを普段より気にかけているんですが……」
尊奈門までまた何かしたのかと、少々不安になる私に状況を説明する雷蔵くん。今度は彼の言葉を引き継ぐように目配せをした三郎くんが話し始める。
「四年生以下には心配をかけぬよう振る舞えと、学園長先生からのお達しがあったんです。なぁ、勘右衛門」
「ああ。だから、余計に尊奈門さんが口を滑らせないか心配で」
先ほど土井先生のことを軽率に口走りかけた尊奈門の様子を思い返す。
私は肩を竦めた彼らに何を求められているか察しがついてしまい、軽い目眩に頭を抱えた。
「なるべく見張ってはいるんですが、私たちにも授業があるので、一年は組の先生をしている時まで気にかけられないので」
「他の先生方も配慮してくださってるんですが、小菜乃さんも尊奈門さんが口を滑らせないよう協力してください!」
「は、はい。分かりました」
雷蔵くんと八左ヱ門くんの言葉に深く頷き返す。
口には出さないが、彼らのタソガレドキのせいでこうなってるんですから≠ニいう声が聞こえてくるようだった。
ぐうの音も出ない。土井先生の好意で受けてもらっている決闘も、尊奈門の向上心に繋がると強く止めることもなかった。尊奈門の良い経験になるのであれば、その好意に甘えて利用させてもらおうという本音がタソガレドキになかったわけではない。
それがこんな結果を産んでしまうとは誰も思わなかったばかりに、子供たちにまで心配をかけてしまっている。
その責任を取るために土井先生の代わりと、捜索をしているのだが……まだ良い報告はできそうにないし……。
ズーンと肩を落とした私に、八左ヱ門くんと雷蔵くん、兵助くんが慌てたように励ましはじめた。
「べ、別に小菜乃さんが悪いとか言ってるわけじゃなくて!」
「ほら! 小菜乃さんなら快く協力してくれると思ったからお願いしたのであってですね……!」
「僕たちも小菜乃さんと一緒ならとありがたいですし!」
彼らの優しさが余計に胸に刺さってしまう。そして忍たまに気遣われるプロ忍という図が、ますます情けなさを煽っている。
こんなことでは良くないと、大きなため息を吐く。
すると、勘右衛門くんが思い出したように声を上げた。
「そういえば、ドクタケがスッポンタケに領地を要求しているんですよね? タソガレドキの忍びがそう報告していたと聞きましたよ」
「ああ、ではもしかして、小菜乃さんそれ絡みの偵察帰りとかなんじゃないですか〜?」
当たりだ。ニヤリと不敵な笑みを浮かべた三郎くんに、私は思わず目を丸くする。
「そこまで知らされてるなら、確かに予測はつくだろうけど……驚いた」
「もう守られるだけの学年ではないですから」
「まぁ小菜乃さんにとっては、六年生と比べて頼りないと思うかもしれないですけどね」
勘右衛門くんの言葉におどける三郎くん。私はそんなことはないと首を横に振った。彼らの成長には驚かされてばかりだ。
苦笑していた兵助くん、八左ヱ門くん、雷蔵くんは、すっと神妙な面持ちで私を見つめ、話を戻した。
「六年生が捜索に出ている今、僕たちが最上級生です」
「もし仮に五年生も捜索に加わることになったら、何も知らない四年生以下しか残らない。それも心配なんです」
「先生方がいるから大丈夫というのは分かってるんですが……」
「分かった。忍術学園にいる時には尊奈門のことと、四年生以下のこと、気にしておくね」
そう確かに頷く。彼らは「ありがとうございます」と声を揃えて頭を下げた。