土井先生がいない忍術学園の段 その三








「失礼します。組頭、荷物を持って参りました」
「ああ、ここに置いておいて」

 職員長屋の戸を開け、見慣れた背中に声をかける。振り返り私の姿を捉えた彼は、自身の傍へ呼び込むように視線で指し示す。
 私は風呂敷を抱えたまま部屋の中に入り、久しぶりに見る彼の向かう机の脇にそっと荷物を置いた。

「何をなさってるんですか?」
「一年は組の学級日誌をね」

 筆を取りさらさらと日誌を書き綴っている組頭。
 私は彼の傍に座り手元を覗き込む。日誌には座学・実技、さらには休憩時間の生徒の様子まで詳細に書き込まれており、問題点や改善案までしっかりとまとめられている。

「本当に先生をされてるんですね」
「学園長先生が仰るなら仕方がない。非はこちらにあるのだし」
「それは……そうですね」

 バツが悪い立場であることは間違いない。私はぎこちなく頷いた。
 普段百人の忍びの頂点で采配を振るっている彼だが、それでも子供たちの先生というのはなかなか簡単に務まるものでない。
 子供たちの目には雑渡先生≠ヘどのように映るのだろうか。幼い頃の私のように、憧憬の籠った眼差しで見上げているのだろうか。
 そう考えたら、彼は昔から子供の相手は得意だったのかもしれない。

「見てて楽しい?」
「はい、学級日誌ってよく見たことありませんでしたし……それに一年は組の生徒のこと、よく見てらっしゃるんだなと分かる内容で──」
「そう?」

 不意に顔を上げると、すぐそこには組頭の顔があった。

「もっと近くで見てもいいんだよ」
「いえ……」

 日誌の内容に夢中になっていたせいか、無意識に近寄っていたらしい。鼻と鼻がぶつかる距離。口布がなければ吐息を肌で感じていただろう。
 そっと身を引く私を見て、彼はクツクツと喉の奥で笑う。

「良い子たちの手前、節度ある距離でいないとねぇ」

 目尻を引き絞り揶揄うように言った彼に、私は少々拗ねながらじとりと探るような視線を向けた。

「伊作くんに本当のことを伝えなかったのも、それが理由ですか?」

 私のトンチキな体質。それが薬多用の本当の理由だと伝えなかったのは、タソガレドキの沽券にかかる問題でもあり、とても忍たまたちには伝えられない内容であることは間違いない。
 最近はマシになってきたとはいえ、伝えられていたら彼らにあわせる顔がなかったので、私としては大変ありがたかったのだが……。

「まぁね。それに……」

 あっさり肯定した彼は、そっと私の耳元に口を寄せた。

「床の姿は私だけ知っていればいい」
「なっ……!」
「それとも知られたかった?」

 絶ッ対に知られたくない。私は切実な思いでブンブンと首を横に振る。

「そこまで意地悪じゃないよ」

 カッと赤くなった私の反応を面白がるようにクスクスと笑う彼の背後に、すとんと影が落ちてきた。

「節度とやらはどうしたんです」
「小頭!」

 呆れ混じりの声音で私たちを見下ろす、我ら黒鷲隊の小頭・押都様。
 節度について言及するということは、かなり前から見ておられたのだなと、バツの悪い思いで彼へ向き直った。

「悪いが急ぎ言伝を頼む」
「はい」

 忍務の話になり、ドクタケを調査中の五条たちへの伝言と、その足で再びドクタケが干渉している周辺領地への潜入を命じられることとなった。
 少しばかりここには足を運べなくなる。五年生との約束や土井先生の安否が引き続き気がかりだが、今は自分がやるべきことに注力するしかない。
 後ろ髪を引かれる思いのまま、私は忍術学園を後にした。
















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永遠に白線