土井先生がいない忍術学園の段 その五









 どっぷりと闇に浸かった忍術学園の職員長屋では、タソガレドキ忍軍による軍議が行われていた。
 ドクタケとスッポンタケの国境には一夜城が建っているという。私は驚きを隠せず、小頭が組頭へ報告するのを聞きながら、そっと隣を見る。視線がかち合った椎良は小さく頷いた。やはりドクタケに残った彼らが突き止めたらしい。
 私が小頭へ報告を上げたチャミダレアミタケが内々に募兵し城の近くに駐屯させているという情報も共有された。
 結果、兵の配置の調査が次の忍務となり、その場は解散となった。

「小菜乃。ちょっと」
「はい」

 ゾロゾロと部屋を出ていく皆に続こうとすると、組頭に呼び止められた。手招きする彼の元に寄り、改めて膝を揃えて座り直した。

「お前は私たちと一緒に忍術学園に滞在しなさい」
「え、」

 唐突な言葉に思わず声を漏らす。

「土井殿がまだ帰られぬことが生徒の不安を煽っている」

 灯台の上で揺らめく炎の影。
 私は言葉が出てこず押し黙る。 
 組頭はそっと視線を私の後ろに向けた。「そうでしょう山田殿」と語りかけた声に釣られて、私も目の端で背後を捉える。
 それまでタソガレドキの様子を見つつ、できるだけ気配を消しておられた山田先生は、急に話を振られたことへの困惑を滲ませつつ「まぁそれは」と首肯した。

「忍たまの良い子たちには健やかであって欲しいことは変わりないからね。メンタルケアも我々の仕事のうちだよ」
「そうですね……承知しました」
「お前なら忍たまたちも安心するだろう」

 命令に従うのは当然の話だが、五年生たちにああ言われた手前、この数日学園内のことはずっと気になっていた。
 きっと学園に馴染みがあるちょうど良いのが私だっただけなのだろうが、何にせよ堂々と皆のことを気にかけることができるのならばありがたい。

「それでは部屋を用意させましょう」

 不意に腰を上げた山田先生に、組頭はす、と頭を下げた。

「ええ、それは助かります」
「付いてきなさい」
「ありがとうございます」

 私は立ち上がり、山田先生の後を追って部屋を出る。
 この時間だ。部屋の準備に人を起こすわけにはいかない。いろいろと配慮されたのか、くのたま長屋ではなく、職員長屋から少し離れた客間に通される。

「ここしばらく慌ただしくて久しぶりに感じますねぇ」

 山田先生は押入れから布団を取り出しながら、しみじみとそう言う。
 慌ただしくさせている原因は我々にある。
 部屋の隅で灯りの用意をしていた私は、手を止めて彼へ膝を向けた。

「……返す言葉もございません」
「ああ、別に責めてるんじゃない。お前さんのせいではないでしょうに」

 気遣いの言葉に胸が痛んだ。
 秋虫の鳴く声が、静かな月夜の下に響いている。私は沈黙を貫いたままそっと火を灯し、小さく揺れるそれを見つめた。

「土井先生は山田先生にとっても、ご家族にとっても大事な人でしょう。……ご恩がある奥様に顔向けできません」

 くの一の師匠と呼んでいる山田先生の奥様。タソガレドキのせいで息子同然の土井先生がいなくなったと、彼女が知ったら何と思うだろうか。
 あんなに目をかけたというのに、恩知らずも甚だしい。そう言われてしまっても仕方がない。
 もう顔を合わせることは叶わないかもしれない。そう目を伏せると、ポンと肩に手が乗った。

「大事なのはアナタも同じですよ」

 山田先生はやれやれと言いたげに眉を下げた。

「妻に弟子ができたと知った時は驚きましたがね、今でもあの頃の話を楽しそうにしてますよ」
「そう、なのですね」

 そんな風に言ってもらえるありがたみに胸が暖かくなる。しかし、同時に優しい人たちを悲しませてしまうことに、同じ場所がズキリと痛んだ。
 思わず黙り込んだ私は、しばらく想いを巡らせ口を開く。

「……ドクタケで利吉くんに会いました」
「ええ? 利吉に?」

 驚いた様子の山田先生に、私は静かに首肯する。

「土井先生のことは知らない様子でした。……だからこそかもしれませんが、近々家に遊びに来てくださいと言ってくれたんです」

 私はキュ、と苦しくなって胸元を押さえ「皆さんの優しさが胸に沁みます」と零した。

「そう気に病みなさんな。半助もそう言うはずですよ」

 山田先生の宥めに否定も肯定もできず、眉を下げる。
 折り合いがつかない胸の内を察してか、山田先生は鷹揚に頷き、気を取り直すように声に力を入れてよいしょと腰を上げた。

「まぁともかく、雑渡殿の言うように生徒のために働いてもらいますからね。今日は早く寝なさい」
「……はい、ありがとうございます。山田先生」

 部屋を出て行く背中に一礼し、手早く部屋の中を整える。
 湯浴みを済ませ早々に寝支度を整えた私は、明日はひとまず彼らのところに行こうと心に決め、目を閉じた。













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永遠に白線