実家が横浜だったせいか江ノ島にはよく遊びに行った記憶がある。律は迷わず東海道線藤沢駅の乗り換え改札口を抜けると、小田急線に乗り換えて片瀬江ノ島駅に向かった。観光ならば江ノ電にのんびり揺られて江ノ島駅から歩いても良いが、今日は一秒でも時間を無駄にはできない。 片瀬江ノ島駅の印象的な駅舎を抜けると律は思わず立ち止まった。尋常でない人の波に圧倒される。暫く立ち竦んでいたが後ろから改札を通って来た人に押しやられ、覚束ない足取りでレース会場へと向かう。普通の観光客ももちろん多いが、大半はインハイを見に来たロードファンのように見える。 (知らなかった。ロードレースって、こんなに人気があるんだ) 差し入れを持ってきたが控えのテントは関係者以外立ち入り禁止のようで近付けそうにない。律は早々に諦めるとスタートラインに足を向けた。 ステージでは昨年の覇者、箱根学園の紹介がされている。 早朝、真波が来ない。あのバカチャンがー! と靖友から怒りのLINEが飛んできたけれど、どうやら真波も間に合ったようだ。 なんとか人の壁を掻い潜ってスタートラインの傍に落ち着くと、律はハンドタオルで汗を拭った。先ほど開会式が終わったから、間もなく選手達が並び出すだろう。 それにしても暑い。むしろ、熱いと言った方が適切な表現かも知れない。こんな暑い中、何時間もアスファルトの上を走るのだろうか。あり得ない。自分には想像も及ばない苛酷さを思って、律はまた汗を拭った。 (あ、靖くん!) 王者の風格か、ヒトケタゼッケンを着けた箱学メンバーが、その存在を見せつけるようにゆっくりと最前列に進み出てきた。スタート前だと言うのにプレッシャーを感じないのだろうか。他校の選手達はピリピリとした緊張感に包まれているのに、箱学のメンバーは談笑していて余裕が見てとれる。 「靖友、なんか機嫌がいいな」 「アイツ、来てる」 「え、折原さん? どこに? 会ったのか?」 「いや、わかンねーケド、ここにいるのは分かる」 「…相変わらずだな、お前は」 呆れたような白い目を向ける東堂にドヤ顔を決めて鼻で笑ってやると。靖友はメットを被り、前を見据えた。 (いよいよ始まる。見てろよ律。最高の夏にしてやンよ) スタートの合図と共に先導車が走り出す。 福富の後を追うように、靖友はペダルを踏む脚に力を込めた。 |