鈴蘭と淑女T (side:柳生)




病床で健気に笑う彼を見る度に、どうしてだろう、と心が痛む。
私が代わることが出来れば良いのにと、何度思ってみたことか。

そうして今日もまだ、彼は独りで闘っているのでしょう。

別に可哀想だと同情している訳ではないものの、どうしようもならない感情に何度目かの溜息をついた。




「柳生、何か悩み事でもあるのか?」

そう柳くんに言われて初めて、自分が最近不調なんだと気付いてハッと顔を上げる。視界に入った新緑が眩しく、もう5月も終わりがけだということを実感する。最近、幸村君はどうしているんだろうと常々考えてしまう日々が続いていて、そんな景色に目を向ける余裕すらなかったと思い知らされた。

「柳くん……」
「最近気がそぞろだが……大方、精市の事でも考えていたのだろう?」
「……流石ですね」
「あまり思い詰めるな、目の前の試合を大切にしろ……とは俺も言い切れないな。その調子だと少し気分転換でもした方が良いだろう」
「ご心配おかけしてすみません。……そうですね、今度のオフにでも少し息抜きをしてきます」
「何かあったら気軽に言ってくれ、俺でよければ相談にのろう」

「ありがとうございます」と言ってみたものの、こんな弱味をチームメイトに吐ける訳がないし、そもそもみな同じ思いを抱えているようなものだ。
半年ほど前に我が立海大附属中テニス部部長の幸村くんが病に倒れた。ギランバレー症候群に酷似した免疫系の病気という事で、詳しい病状は分からないし、本人もじわじわと病に侵されていくしかないようで、もどかしい思いをしているのだろう。苦労かける、といつも気丈に笑ってみせるが、彼が一番辛い思いをしているに違いないのだ。

ああ、もどかしい……ですね。

最早「頑張ってください」と声をかける事すらはばかられる中で自分にできる事が何なのか全く分からない。

彼に会う度にもどかしさを感じながらも、今日もまた何も出来ない自分の心にチクリと棘を刺した。



*****



そんなこんなでとある休日。柳くんのアドバイスを聞き入れリフレッシュにでもと、植物園へ足を運んだ。
暫く回っていると目の前で女性がツタに引っかかって転んだので、紳士的良心がうずき無意識に手を差し伸べる。ふと目が合ったその子は、あの一条美里さんだった。

おや? "女神"の一条さん……ですよね、多分。こんな所で会うなんて思いもしませんでした。

大会は? などと疑問は浮かぶものの、動揺を隠しつつ傷の対処をして立ち去ろうと思ったところで名前を聞かれてしまったので、そのまま自己紹介をする。案の定、彼女は一条美里さんだということが判明しその上お礼がしたいと申し出られ、思わず言葉に詰まってしまった。

自意識過剰かもしれませんが……自己紹介にお礼とくると……。もしかして、一条さんも私に取り入ろうとしているのでは……?

自分の相方の疑心暗鬼が移ってしまったのか、どうも素直に頷けない自分がいる。どことなく、彼女は"そういう"女性ではないと分かっているのに。
すると、会話に間ができた私に何か察したのか、一条さんはハッとした表情をした。

「……えっと、すみません、突然変なこと言って。無理に、とは言いませんので何か頼み事とかあったら気軽に言ってほしいなというか……なんというか」

困った表情でそう続けた彼女に他意はなさそうで、至って真面目な性格故の申し出だと簡単に気づいた。もしかしなくても気を遣わせてしまった。そういえば頬を染めたり、「キャー」だの騒いだり、「あのぅ……」と甘ったるい声を出したりそういった様子が見られない。そう気づいてハッとすると同時に、自分が紳士としてよろしくない態度を取ってしまったと思うと、するっと謝罪の言葉が出た。

そもそも、うちの学校の女子と違って騒がないし、本当に下心がなさそうですしね……。

「あ、ええ、すみません。少々驚きまして」

「はあ」ときょとんとした彼女をじっと見つめると、先程とは違い俄然興味が湧いてきた。よくよく考えれば彼女は「中学女子テニス界の女神」と呼ばれた一条美里さんだ。当然聞いてみたい事が沢山ある。
植物園を一緒に回る提案をサラッと繰り出した自分に驚きつつ、意外ところころと表情を変える一条さんをすこし面白く感じつつ。

「よろしければ」と手を差し出した。

戸惑いつつも私の手を取った彼女の目もまた、興味の色が滲んでいるのでお互い考えていることは一緒なのかもしれない。まあ、一人で回るのも余計に考えが煮詰まってしまうだろうし、リフレッシュにはちょうど良いだろう。こうして植物園デートは幕を開けたのだった。



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