鈴蘭と紳士
「羽衣ジャスミンは散り際ですね」
「ええ、盛りも綺麗ですけど、白い花が散りながら降ってくるのもとっても幻想的ですねぇ」
「そうですね、私もそう思います」
あれから植物園を回りきった私と柳生さんはいま、出口に差し掛かったところにある羽衣ジャスミンを眺めている。白い花が散っていく様を眺めながら、二人で静かに話を続けた。
「回りきってしまいましたね」
「そうですねぇ。柳生さんと色々お話ししながら回るの、凄く楽しかったです」
「私もですよ、一条さん。付き合ってくださってありがとうございました」
「私の方こそ、ありがとうございました!」
お礼を告げると、一呼吸おいて柳生さんは決心したかのように私のほうを向いた。どうしたんだろう。
「実は、明日はテニスの地区大会の決勝戦なんです」
「え……それなのに、今日は練習なかったんですか?」
「私の通う学校は立海大附属中学です。名前ぐらいは聞いたことがないでしょうか」
すみません、めちゃくちゃ知ってました。
「王者立海大附属……ですよね?」
「そうです」
「柳生さんは凄い人だったんですねぇ……」
「そうでもありませんよ。私より強い方たちはもっといます。その方々の計らいで、今日は各自でメンタル強化の日となりまして」
「まさか大会決勝の前日がリフレッシュ休暇、とか……?」
「そのまさかですね」
「……それは、やっぱり、凄いです」
いろんな意味ですごいわ……。なんという自信ですか。
でもそういうことが出来るってことは、普段の練習を怠ってないってことで、それも含めて凄いなとは思う。と、感心して頷いていると柳生さんは笑っていた。
「ははは、ありがとうございます。でもきっと今頃、部活のメンバーはテニスコートに立っていると思います」
「柳生さんは良いんですか?」
「私もこのあと、テニスをするつもりです。日が暮れた方が涼しいですしね」
「なるほど……頑張ってくださいね!」
そんな会話をしつつ歩いているうちに出口付近にある、植物園と提携しているお花屋さんに通りがかった。流石は植物園提携とあって色々な花が売られていて、思わず足を止めて見入ってしまう。お花が1本から売られていたり、鉢植えタイプのものがあったり、しっかりしたブーケがあったりと様々なものがある中、店頭付近のミニブーケが目に入った。
「一つ買って帰ろうかな……?」
ミニブーケなら場所をとらないし、部屋の机の上に飾ったら綺麗だろうなと思って呟く。すると隣で柳生さんは花を見つめながら、「幸村くんに持っていきましょうか……?」と呟いていた。
ふとその名前が気になって、「幸村、さん?」と聞いてみると、柳生さんはミニブーケから視線を上げて私に微笑みながら教えてくれた。
「ああ、例の私たちの部長のことですよ。このあとテニスの前に彼の病院に寄ろうと思いまして」
「お花を差し入れするんですか?」
「はい。彼は花が好きですので、喜ぶかなと」
「素敵な差し入れですね!」
「しかしこれだけ種類があるとどれにしようか悩んでしまいますね……」
言いながらなぜかじっと私の顔を見つめる柳生さんと目が合った。その瞬間、閃いたという顔をされる。
「そうですね、よろしければ一条さん、幸村くんの為に花を選んでくれませんか?」
「え、良いんですか……?」
「ええ、いつも私たちばかりでは彼も飽きますでしょうし」
「はあ」
「それに……同じような境遇の貴女に、選んでいただきたいのです」
真っ直ぐと、そう言われてしまったら断れない。
まぁ要するに幸村部長さんに似合う花を探せば良いだけだからお安いご用ってやつだ。
「良いですよ。少しお待ちくださいね」
そう言って私はミニブーケの集まりを見つめる。ガーベラとカスミソウが多いような気がするけど、だからと言って一番綺麗なガーベラをあげたいとは思わない。
そう、もっと華奢というか……幸村部長さんに似合いそうというか……。
すると、隅っこのブーケの中でもしゃんと咲く、紫蘭を見つけた。ガーベラやカスミソウに埋もれずに綺麗に咲くその花はあの人にぴったりだ。それに確か花言葉は「あなたを忘れない」と「お互い忘れないように」だったはず。花言葉までぴったりだったので、私は紫蘭のミニブーケを優しく取り上げ、柳生さんに渡した。
柳生さんはそのブーケを見て、優し気に目を細める。
「これでどうでしょうか?」
「紫蘭ですか、さすがのセンスですね」
「そう、ですかね……?」
「ええ、ありがとうございます、彼も喜ぶと思います」
柳生さんは微笑んでくれた。これは選択成功、かな?
「花言葉はあなたを忘れない、ですね?」
「はい。あと、お互い忘れないように、という意味もあります。幸村さんを忘れず、戦ってください」
そう言うと、柳生さんは強く頷いてくれた。
「はい、必ず」
*****
「今日は本当に、ありがとうございました」
植物園の出口でそうお辞儀をすると、柳生さんは笑顔を返してくれた。
「私の方こそ、素敵な時間を過ごせました」
「あ……ところで、ハンカチどうすれば良いですか?」
土がついてしまった柳生さんの白いハンカチは、いま私の鞄の中にある。お洗濯して渡せばいいだろうか、いや、でも他人の洗濯物のにおいとか気になる人だろうか、と逡巡している私に、柳生さんは意味ありげに微笑んだ。
「そうですね、では貴女に預けておきます」
「はい……?」
「ですから、次にお会いするときに返していただければ」
「はい、って、え、次!?」
「ええ、また一緒に花を見に来ませんか?」
「え、ええ?」
次なる植物園観覧のお誘いをもらってしまった。
えええええ? いや、待て、これはデートの誘いではない。これはしっかり洗濯してハンカチ返せよということでは? あっ、柳生さんは他人の洗濯物のにおい大丈夫なタイプなのか。よかった。ん? これはこれで良いのかな?
謎の方向に走り出した思考に戸惑っていると、柳生さんは私の手をとって白い紙と鈴蘭を乗せた。
「私の連絡先ですので、気が向いたらどうぞ」
「あ、どうも……?」
「あと鈴蘭は……貴女に、お似合いでしたので」
「え……?」
「それでは、そろそろ幸村くんとの約束の時間ですので」
そう言いながら柳生さんは紳士らしく私の手を持ち上げ、
「それでは、またどこかで」と、私の指に唇で触れた。
手が、離れる。
「ま……た、どこかで」
私が半ば呆然と呟く中、柳生さんはどこか楽し気に去って行った。
*****
しばらくして、私は帰りの電車の中でふと柳生さんから貰った紙と鈴蘭を見つめた。気が向いたら、と言われたものの帰ったら連絡してみるつもりだ。今日一日お世話になったし。それにしても紳士というか、まるで王子だったと思う。ぼんやりと最後に指に残された唇の熱を思い出してしまい、顔が微妙に火照った。
いやいや、ほら挨拶! 外国では挨拶代わりがキスだから……うん!! そう!!
火照りが止まらなくなってきたので、挨拶だと思うことにした。そうこうしながら、鈴蘭を見つめる。
鈴蘭が似合う、ね……。
鈴蘭の花言葉は、意識しない美しさ。自分がそうだとは思わないけど、可愛らしい鈴蘭を「似合うから」とくれたことは素直に嬉しい。
今日も色々あったけど……楽しかったな。
電車が、ホームにつく。
家に帰ったら、鈴蘭を机に飾ろうと思った。
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