鈴蘭と淑女U (side:柳生)
その手を握った感覚で分かってしまった。
彼女の手は努力を重ねてきた手だと。
そしてその努力の形は私達に酷似しているものがあり、テニスをしてきた手だと直感的に気づいてしまった。
気づけばもうお昼時。さていつテニスの話を掘り下げていこうかと思っていたところ、ちょうどお互いの学校の話が出たので、
「ところで、一条さんは部活は入っていらっしゃるんですか?」と投げかけると、彼女はなぜかギクリとしたような表情を浮かべた。
……フォークにパスタが絡まったままですよ、一条さん。
「部活は、入ってますが……いま、少し怪我をしていて休部中なんです」
「怪我、ということは運動部でしょうか?」
「……文化部でも、怪我くらいしますよ」
「では、文化部なのですか?」
「それは……えっと……」
「……一条さん」
「は、はい……?」
「私が貴女の部活を予想してみてもいいでしょうか?」
「はあ……どうぞ……」
「テニス部、ではないでしょうか?」
「正解です。でも、どうして……?」
手が、テニスをしている手だと告げると、一条さんはハッと顔を上げる。自分では気づいていなかったのだろうか。よくよく話を聞いてみると、怪我で休部中らしいということが判明した。
休部中……最前線で部を優勝に導く中での怪我、ですか……。
似たような話を知っている。状態は重かれ軽かれ、まるで幸村くんと同じ状況だ。とはいえ、ここで一条さんに「どんな気持ちですか?」などと露骨に質問出来るはずもなく、考え込んでしまう。いったいどう聞くと、当たり障りがないのだろうか、皆目見当もつかない。
結局、それを口に出せたのは暫くしてからだった。失礼のないように言葉を選び、考え考えゆっくりと、不安や心配を言葉にする。すると彼女は笑う事も哀れむ事もなく真っ直ぐ受け止め、率直な意見を返してくれた。
曰く、「忘れられたら辛い」と。
非常にシンプルなそれは、どういうことかストンと胸に落ちた。
思ったよりも、簡単な事だったのですね……。たしかに、私も同じ状況になった時、きっと忘れられてしまう事が一番怖いです。
ここ最近の幸村くんの気持ちに少し近づけた気がして、心の底からほっと息が出る。凝り固まった心がほぐれていくような気分に、自分で自分に安心した。
相談に乗ってくれたお礼を告げると、一条さんは花開くようにふんわりと笑う。ふと、その姿をとても綺麗だと思ったことは内密にしておこう。
*****
思いの外、とても有意義な時間でした……。
去りゆく一条さんの背を見送りつつ、手に残った紫蘭のミニブーケに目を遣り少し表情を緩める。
「お互い忘れないように……ですか」
思わず零れたつぶやきに、知らずと心が軽くなるような気がした。紫蘭の花言葉は「あなたを忘れない」だけだと思っていて、「お互い」という意味合いもあったとは知らなかった。双方向に忘れないでと語りかけるこの花が、なんとなく大切に感じて温かい気持ちになる。
これを届けたら幸村くんはどんな表情をするのだろう。きっと紫蘭の花言葉に気づくだろう。その反応が楽しみで仕方がない。
半日前までは会いに行くのも怖かったのですが……これは一条さんマジックですね。
一条さんはテレビや試合会場で見る印象よりもずっと柔らかく優しく素直で、そのギャップにとても興味を覚えた事は言うまでもない。思い浮かんだ彼女の微笑みに癒されつつ、電車を降りると病院へと足を向ける。
きっと、今日も不安で待ってる幸村くんに、「お互い忘れないように」を届けるため。
軽やかな気持ちで一歩踏み出した。
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