ひったくりと良い香り




とある街中のスポーツショップ。
私は今日、学校帰りに守おじさんのお使いでグリップテープを買いに来ている。
会社のテニス部で使っているラケットのグリップテープの替えが欲しいが、ここの所忙しくて買いに行っている暇がないとのこと。代わりに私が買ってきてあげることにしたのだ。


「よいしょっと」

そういいながらかかとを持ち上げる。目標物は上、私の身長は足りていない。ここで店員さんを呼ぶべきか、いやでも学ランの子たちの接客で忙しそうだったしな……と少し躊躇われる。

そう、そもそも私の身長がミニマムだから悪いのだ、くそう。

こうなれば意地だといわんばかりの勢いで背伸びをしていると、隣から学ランの腕が伸びてきて、目標物であるグリップテープを掴んだ。そのまま、学ランの腕はこちらに伸びてきてグリップテープが私に差し出される。

「取ろうとしてたの、これで合ってるか?」
「あっ、すみません、ありがとうございます……って、桃くん?」
「アレ、なんだ一条だったのかよ」

お礼を言いつつ顔を上げれば、そこにいたのは桃くんでした。なんという偶然。この前の地区予選以来の再会だ。元気か? と聞かれたので、笑顔で頷く。話を聞くところによると桃くんはマサやんさんと買い出しに来ていたらしい。私もお使いだと告げると、初めてのお使いか? と笑われてしまった。

ちびっ子だといいたいのか! 桃くんのばか!

「え、私そんなにちっさい?」
「少なくとも俺よりはちっさいな」
「いや、待って、男子中学生と比較しないでよ! でもグリップテープは取ってくれてありがとう!!」
「ははは、どういたしまして」
「一条さんと桃は仲いいんだな」

マサやんさんにしみじみとそう言われて、思わず桃くんと顔を合わせる。

「そうだな」 「そうだね」

同時に発した言葉にお互い笑いあった。なんだか友達って感じで嬉しい。

「あ、でも買い出し邪魔しちゃってごめんね」
「いいぜ、こんくらい。さっさと買ってこいよ、駅まで一緒に行こうぜ」
「え、いいの?」
「ああ、もちろん。マサやんもいいよな?」
「俺も一条さんと話してみたいし、いいぜ」
「ありがとう! じゃあ急いで買ってくるね!」

桃くんたちと一緒に帰れるなんて友達ライフエンジョイって感じで嬉しい。私いま、リアルに充実しているのでは。テンション高めにお使いの品を購入し、お店を出ると桃くんたちが待っててくれたので合流する。

「これで全部だっけ」
「おう」

と会話している二人を見ていると突然、後方から悲鳴が聞こえてきた。

「キャーーーーーーーッ か、かえして!! ひったくりー!」
「どけどけー!!」

思わずそちらに目を向けると、ひったくった鞄を手に、ローラースケートで突っ込んでくる男の人がいた。
ちょうどこちらへ走ってきたので桃くんが殴りかかるが避けられてしまう。そしてひったくり犯はそのまま走っていってしまった。

「マサやん、荷物頼むぜ!」

すかさず桃くんが荷物を手放し追いかけるのを横目に、私も走り出した。伊達に「中学女子テニス界の女神」をやっていたわけじゃない。私だって、走れる。

「私も行く!!」

ギアを上げて桃くんとひったくり犯を追いかける。

「だめだ一条! ローラースケートにゃ追いつかねぇっ」
「大丈夫! 私まだまだスピード上げられる!」

言いつつ私はスピードを上げるが、隣から桃くんが消えた。あれ? と思ったのもつかの間、「ワリィ チャリ借りる」という声が聞こえてきたので、なるほど自転車借りられたんだと感心する。シャーッと自転車が近づいてくる音がしてきて、後ろが少し気になった。そして走るスピードを緩めないようにしながら桃くんの方を振り向くのと、「リズムに乗るぜ!」という少年の声が聞こえてきたのは同時のことだった。

……なぜ彼がここに。

「か、神尾君!??」
「は? あっ。ふ、不動峰の…神尾ーーーー!」
「えっ!? 一条さん!? 桃城!?」

何故と三者三様に戸惑いを感じるが今はそれどころではない。ひったくり犯を追っているのだ。今は犯人に続き、先頭を私が走り、その後ろに桃くんと神尾君が並ぶように走っている。しかし後ろから聞こえてくる会話はどうも二人で競争を始めたような内容で。あれ? という疑問を再び抱いたのもつかの間、ひったくり犯が足を緩めた。

よし! ここだ!! と捕まえようとしたら。

「邪魔だどけーーーーーっ!!!」

そう叫びながら桃くんと神尾君がひったくり犯に体当たりをかました。当然転び、倒れこむ犯人。私は走ってきた勢いそのまま、倒れているその背中に膝蹴りをお見舞いし、ひったくられたと思われる鞄を手に取った。そっと覗きこむと犯人は伸びている模様。

「よかった、何とか鞄取り返せたね。この後って警察に連絡とかした方がいいかな?」

ほっとしながら二人に話しかけつつ、顔を上げればそこには。

「あ、あれ……? 誰もいない……」

桃くんも神尾君も、いなくなっていたのであった。

……絶対元の目的忘れて競走しにいったでしょ。

呆れたが仕方がないので携帯で警察を呼び、事情を話し、犯人を確保してもらったのだった。





*****





ああ、疲れた。

警察が来たあと、事情聴取に応じ、今は現場検証に立ち会っている。なぜ、助けただけの私がこんなことになっているのか。早く帰ってご飯食べたい。とはいえ大切なことなので実際に捕まえた現場で警察の人たちが動いているのを見ていると、後ろを人が通る気配を感じ、その瞬間ふと、良い香りがした。

……どこからだろう?

くん、と意識的に嗅いでみると後ろから香っているのを感じる。香りが風に乗って来たんだろうか。気高い、薔薇のようないい香り。

この香り、好きだなぁ。でもどっかで嗅いだ事あるような気がするんだけど……どこだっけ?

ううんと考えつつ、思いつかず、薔薇でも咲いているのかと見回してみても咲いていない。「誰か」の香りだろうか、と思って振り向いても、もうそこには誰もいなかった。
気になりつつも、警察官の人に呼ばれたので駆けていく。まだまだ現場検証は続きそうだ。



そうこうしている内に香りのことはすっかり忘れてしまって、色々な処理が終わり、家に帰ってから玄関でふと気がついた。

あ、あれ、私の髪の香りだ。と。

シャンプーを跡部さんに頂いたものに変えたんだった。では香ったのは私の髪だったってことだろうか。それにしては香りが強かった気がしたんだけれど……。

そう思いつつも確認のしようがなくて、この件は「いい匂い嗅いだ事件」としてそっと心の中にしまっておくことにしたのだった。



ちなみに、桃くんと神尾君からは帰宅後に謝罪メールが来ていたので許すことにした。

今度会ったらパフェおごらせてやる。



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