護身術ときのこ君
「美里ちゃん、そこに座って。少し話そう」
ある日、そういって、真剣な顔で守おじさんに呼び出された。
守おじさんは今日は特にやることがなくて定時退社決めてきたらしい。最近忙しそうだったもんね。ゆっくり休んで欲しい……とは思うものの、その顔は悩ましげで、もしかしなくても私が彼を悩ませているのかもしれないと感じさせられる。というか、たぶん、実際、守おじさんの悩みの種のひとつになっている。
自覚があるので、大人しくテーブルを挟んで彼の前に腰かけた。
「美里ちゃん、あのな。俺は君のことを姪としてとても大切に思っているし、大事に育てたいと思っているし、本当の娘のようにも思っている。だからこそ最近の君の行動には少し、心配していてな」
「もしかして……夜ひとりで出歩いたりとか……?」
「それもそうだし、この前はひったくり犯を追いかけて捕まえた。何も無かったし、犯人も刃物とか持っていなかったから良かったものの、それがとても危ないことだというのは分かるね?」
「……うん。心配かけて、ごめんなさい」
「あ〜、違う、ごめんな、怒っているわけじゃないんだ。いや、また同じことにならないように、今度は周りに助けを求めて欲しいとは思うけど。そうじゃなくて、俺は美里ちゃんを心配しているけど、束縛したい訳ではないんだよ。どうしても用事があったら、夕方とか遅い時間に出かけることもあるだろうし、そもそも社会人になったら帰ってくるのは夜だ。ひったくりに遭ったら自分で追いかけたくもなるだろう」
「ごめん、多分、なると思う」
「そういった行動一つ一つを規制したい訳では無いんだよ。要するにね、自分を守る術を身につけて欲しいんだ」
守おじさんの心配は最もで、申し訳ないとは思いつつ大切にされているのを感じて、少し嬉しくなった。彼の言いたいこともよく分かるし、私の自由を奪わないように譲歩してくれているのもよく分かる。とても有難い保護者だ。
さて、そんな守おじさんは、あるひとつのチラシをテーブルの上に置いた。
「護身術を習ってみてはどうかと思って。ちょうど会社の同僚からこんなチラシを貰ったんだ」
「古武術……?」
「そう。ここの道場の師範のお子さんはちょうど美里ちゃんと同い年らしいし、道場自体の評判もいい。古武術も奥が深くて面白いらしいから、君が好きかなと思ってな。場所もそう遠くはないし、どうだろうか?」
そう、眉尻を下げて、言われてしまったら。
当然断る訳もなく、私は二つ返事でOKを出した。古武術、なんて見たことも習ったこともないけれど「初心者大歓迎」とチラシに書いてあるし恐らく大丈夫だろう。護身術として身につければ、守おじさんも少しは安心できるだろうし。
そんなこんなで私は古武術の習い事を始めることになったのだった。……今日から。
*****
とりあえず今日は体験から、という事でジャージを着た私はいま、例の道場にいる。ここまで送ってくれて、師範に事情を説明してくれた守おじさんは仕事が入ったので一旦家に戻ってしまった。帰りは迎えに来てくれるらしい。少々心細いが師範はじめ道場の皆さんは優しそうな人ばかりなので何とか頑張れそうだ。
「それでは、一条さんは基本の型から教えていきますね。若、こっち来なさい」
師範に呼ばれて「はい」と返事をしてやってきたのは、サラッサラなきのこヘアーの男の子だった。そうか、この子が噂の同い年の子か。
「一条さん、こちらせがれの若です。ほら、ご挨拶を」
「日吉若だ」
「一条美里です。よろしくお願いします」
「同い年の方がやりやすいでしょう。基本の型は若が教えますね。できるな?」
「親父、なんで俺が……」
「基本を教えるには基本をこなせないといけない。そこに立返るのもまた、勉強の内だよ。いいね」
「……はい」
「じゃあ、始めよう」
そう言って師範は他の人の指導に入ってしまったので、日吉君と2人、取り残されてしまった。私を教えることに対して彼は少し不服そうだったけれど、大丈夫かな。なんだか申し訳ない。
「まったく、なんで俺がこんなことを……」
「えー……と、日吉君、」
「何だ」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、仕方ねぇなという雰囲気が伝わってきた。あ、さっきより空気が良くなったかも、良かった。
「……フン、教えてやるからしっかり覚えろよ」
そう言いながら日吉君は腰を落として右腕を大きく後ろに引いた。古武術の型だろうか。シュッとしていてかっこいい。
「まず基本的な知識からだが、古武術は独特の筋肉の使い方をする。その為にはこういった構えをすると力が出やすい。これが一番安定感があって落ち着くな。あと、基本の型をしっかり覚えて習練をきちんと積まないと、付け焼き刃ではなんの意味もない」
「やっぱり難しいの?」
「当然だ。古武術というのは一生かかっても極めることが出来るかどうかという代物だぞ。その為には普段からの鍛錬が重要だ」
「へぇ……」
「お前も、どうせたまにしか来ないだろうが家でちゃんと復習しておけよ」
「うん、頑張るね!」
「フン……、ほらぼーっとしてないでさっさと構えの姿勢をとれ」
「えー……と、こうかな?」
「違う。お前センスないんじゃないのか?」
「う……ゴメン」
「よく見ろ、こうだ。もっと足引け」
言いながら私の足を後ろに引っ張ってくれる日吉君。ところどころ刺々しさを感じる言い方だけど、丁寧に説明しながら教えてくれている。もしや日吉君、人見知りなんだろうか。そんな事を考えながら構えの姿勢を取っていたらバランスを崩してしまった。
「危ない!!」
とっさに立ち上がった日吉君が、私の肩をしっかり掴み、支えてくれたので転ばずにすんだ。
あ、危なかった……! 危うく顔面から地面に突っ込むところだった……。
「ごめんね、日吉君! ありがとう!」
「お前本当にセンスないな。構えをとってる時に考え事でもしてたのか? そんな余裕ないだろ。ちゃんと集中しろよ」
はぁーっとため息をつきながら言われてしまい、流石にしゅんとしてしまう。日吉君が言っていることがド正論だからこそ、自分の不甲斐なさを自覚して少し落ち込んだ。
いけない、集中、集中!
と、思ったところで「休憩!」と号令がかかり、師範が私と日吉君の元へ歩いてきた。なぜか少し厳しそうな顔立ちで眉根をよせながら。
「コラ、若。さっきから言い方どうにかならないのか。自分が上手くいかないからと言って一条さんに八つ当たりするな」
「そんなこと……!」
「あるだろう。いいか若、一条さんは今日初めて練習に来てくれた女の子だ。それを肝に銘じておきなさい」
「……ッ」
師範に言われて納得がいかなかったのか、はたまた思うところがあったのか。日吉君は一人、どこかへ駆けて行ってしまった。
そして私は気まずげな師範とともに、その場に取り残されてしまったのだった。
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