背中合わせでもいいから(side:跡部)
別に、会いたい訳じゃない とか。
今はまだ声を響かせ合うだけの関係で良い とか。
そんなものは所詮、綺麗事だと切り捨ててしまいたくなる時がある。
例えば、あいつの「それは凄いですねぇ!」と驚く声や、「そんな面白い人がいるんですか!」と笑う声、「無理……しないでくださいね」と躊躇いがちに心配する声を、聞く度に。たまに照れたように黙ったり、拗ねたように黙ったりする度に。
会いてぇって……思っちまうんだよな……。
ふぅ、と思わず漏れた俺の小さなため息に、電話の向こうで美里が困ったように話を止めた。なにか勘違いをさせてしまったようだ。
『跡部さん……あの、もしかしてお疲れでしたか?』
「いや、少し考え事してただけだ。悪いな」
『いえ、それなら良いんですけど……。跡部さんでも考え事、するんですね』
「アーン?」
『どんな問題もサクッと解決! って感じがするので……少し驚きました』
クスリ、と小さく笑いながら返ってきた。ああ、これは彼女が冗談を言う時の反応だ、と頭の片隅で考えながらこちらも笑い返す。
「ああ、大抵の問題はサクッと解決するな」
『例外なんてあるんですか?』
「そうだな……色恋沙汰、とかか?」
『……跡部さんなら、サクッと解決しそうなんですが……』
「……会ったこともねぇのによく言えるな」
『逆ですよ。会ったこともないのに、跡部さんとのお話はいつも楽しいですから』
「……は」
『顔も見たことないし実際会って話したこともないのに、人を惹き付ける話術をお持ちの跡部さんなら相当モテるんじゃないのかなぁって、思うんです』
クソ、突然照れるようなこと言うんじゃねぇ!
『事実、私も惹き付けられましたし』
言葉に詰まった拍子に、軽やかに嬉しげにそう言われてしまえば。
会いたいだとか気軽に言えねぇだろーが……。
というか、先ほどから心拍数がとんでもなく上昇しているのを感じる。どうした、落ち着け、俺。アイツの言う『惹き付けられる』は惚れるとかそう言う意味ではなく、会話が楽しいという意味だからな。ドキリとさせられた心臓を無理矢理鎮めて、この不意打ちにどう仕返してやろうかと口角を上げる。
「そりゃよかった。まぁ、それはともかくとして……俺にもあったぜ、 "サクッと解決" 出来そうにない事がな」
『えっ、あるんですか!? 跡部さんに敵わない事なんて!』
「ああ、」
少し言葉を溜めて、とびっきりの甘い吐息と共に囁いてやった。
「美里のこと……とかな」
『!!???』
「いつも何て電話しようかこれでも悩んでんだぜ、アーン?」
『そっ……そそそそそれは、ええと、ッ』
色気の摂取過多といったところだろうか。案の定動揺しまくりの美里の反応を楽しみつつ、俺様はしてやったりと微かに口角を上げた。
そして結局今日も、「会いたい」と言い出せずに終わってしまったのである。
*****
とはいうものの、やはり1度会いたいと思うとなかなか収まってはくれないもので。俺様の力を使えば全く会えない訳ではないどころか、むしろ会いたい放題な訳なのだが。美里にはそんなチートじみた財力なんて使わずに、直球勝負でいきたいのだ。と、また変な意地を張るせいで上手いこと言い出せない。
どうした、跡部景吾。らしくねぇぞ……!
喉まで出かかっているのに言えないのは、恐らく、この容姿のせいもあるんだろうな……と漠然と思う。自分で言うのもなんだが、俺様は整った容姿だ。その容姿だけに惹かれて寄ってくる雌猫も多い。美里がそうだとは思っていないが、もし容姿に惹かれたら……いや、嬉しい。それはそれで嬉しいが、そういうことではないのだ。
なんつーか、複雑なんだよな……。
いつから自分はこんな乙女思考(忍足曰く)になってしまったんだと頭を抱えたくもなる。らしくない。全くもってらしくない。俺様はもっと自信満々に押していればいいはずなのだ。
悩むのはやめだ、いつも通りやろう。
悶々と続けていた思考に適当に切りがついたところで携帯を手にした。かける先はもちろん美里だ。
今日は休日で俺は偶々部活の奴らとショッピングモールに来ているのだが、買うものがない。そもそも何で自分が店に出向かなきゃならない。外商が自宅に持って来る買い物の仕方しか普段しないのに。という訳で、自分は何もないが部の連中は買いたいものがあるらしく、ついさっき1時間後の集合予定で解散してしまったのですることもない。
こういう時は美里に電話でもして時間を潰すに限る。適当に座るところがありそうなフードコートとやらの窓ガラス付近を目指して歩く。プッシュした番号は、3コールで繋がった。
『あ、もしもしこんにちは跡部さん』
「ああ、突然悪ぃな。いま大丈夫か?」
『実はショッピングモールにいるんですけど、友達待ちで暇なんで全然大丈夫ですよ〜』
「フン、奇遇だな。俺も今ショッピングモールで部活の奴らを待つことになった。これから1時間、な」
『なるほど、跡部さんは買うものがないので1時間待ちぼうけ、ってことですね』
「そーいうこった」
美里と一緒に笑っていると、目的地に辿り着く。そして辿り着いて腰掛けようとした瞬間、俺は目を疑った。
窓ガラスの向こうに美里がいる、だと!?
俺が腰掛けようとしていたベンチのその向こう。窓ガラスの向こうは屋外で、ベンチが置いてあり、彼女が1人で座っていたのだ。
ミカエルに調べさせた書類で見た、長い髪に癖毛の毛先、横顔は写真で見た通り、しかも今ショッピングモールにいると言っていた。おまけに、携帯で電話をしていて、現在進行形で笑っているではないか。これは間違いねぇ、美里だ! と俺は迷わず彼女と窓ガラスを隔ててこちら側に腰掛けた。
そう、まるで背中合わせで話しているかのように。
『それで……って、跡部さん?』
彼女の声がうっすらダイレクトに響く。そんな些細なことがどうしようもなく嬉しく感じてしまう。
「あ、ああ、どうした?」
『先程から喋っていらっしゃらないので、急用でもできたのかと……大丈夫ですか?』
「悪いな、ちょっと移動してただけだ。まだ全然話せるから気にするな」
『あ……、それなら、良かったです』
いま、はにかむように笑ってんだろうな。
見たい。今すぐ見たい。が、振り向いて顔を覗きたい衝動を必死で押さえる。そんなことをしたら不審者に見られかねない。
「ところでお前はショッピングとかしねぇのか?」
『友達は1時間したら帰ってくるそうなんで……それから、ですかね』
「その友達とやらはどこ行ったんだ」
『彼氏さんを追いかけてどこかへいきました』
「なるほどな。お前は、それで良いのかよ?」
『本当は……私を置いて!って怒るところなんでしょうけど……。余りにも幸せそうで、私その笑顔が好きでついつい許しちゃうんですよね』
「アーン? とんだお人好しだな」
『あはは、よく言われます』
「ま、でも、」
ストン、と背中を窓ガラスに付けてもたれかかった。少しでも彼女に近付ける様に。
「そーいうとこ、好きだぜ」
一瞬言葉に詰まったあと、『ありがとうございます』と嬉しそうに返す美里は俺様の真意に気づいちゃいねぇんだろうな。
それから暫く話していると突然、彼女は思い出したかのように『そう言えば、』と呟いた。
「どうした?」
『さっき凄いイケメンのお兄さん見たんですよ』
「……どんな奴だ」
『えっと、背は高めで、スタイルが良くて足が長くて、髪の毛は銀に近い感じの金髪で、顔も整ってて』
聞いているとどこかで見たことあるような特徴が羅列されていく。というか毎朝鏡で見ている気がする。あれ、もしやそれは。
『とにかく纏うオーラがその辺の一般人とは違う感じで……あ、髪の毛外ハネでした』
俺様じゃねぇか!
思わず盛大に突っ込んでしまった。まさか見られていたとは。あれだけ会いたい会えないの葛藤を繰り返したのに、現実はあまりに呆気なく切ないものである。思わず、少し、落胆した。
「……で、お前はソイツ(というか俺様)を見てどう思ったんだ?」
『え? 普通にこの人凄いなーかっこいいなー……と』
「…………」
本当に普通だった。この調子なら近々会ってもいいんじゃねぇの? と思ったところで、美里は思わぬ爆弾を投下してくれた。
『ああ、でも。見た目以上に……彼の目が、素敵でしたね』
「目?」
『はい。アイスブルーの綺麗な目……常に、真っ直ぐものを見つめていそうな、強くて魅了される目でした』
「……っそう、か」
『……あぁ、きっと』
『跡部さんもそんな目なんでしょうね』
良いものを見つけたかの様に笑って発せられた彼女の言葉に、不覚にも俺は負けたような気になった。それが少し悔しくて、背中の窓ガラスにコツンと頭をつけて、「まあ俺様の瞳がアイスブルーだとは限らねぇがな」と意地悪を言ってみた俺は悪くない。
背中合わせでも良いから、温もりが欲しいと思った俺が悪いのか。君の言葉が頭から離れない。
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