都市伝説
たまたまつけたテレビで、都市伝説特集をやっていた。
その内容は東京都内で数件UFOが目撃されているというものや、環状線にずっと乗っていると別次元へワープするというものなどで。実際パラレルワールドの自分と入れ換わった私としては……そんなものを見てしまったら信じざるを得ないじゃないか。というかそもそも私は幽霊やUFOといった類いのものなども完全に否定する人種ではなく、どこかにいるんじゃないかとうっすら思っている方なので当然都市伝説も信じたいわけで。
いや、夢見がちだとは思うけどね……。でも会ってみたいじゃんね……。
要するに、特集によって興味が沸いたから図書館で都市伝説の本を借りてみたのだ。そして読み出したら意外と面白くて、ついつい本を読みながら帰り道を歩くなんてお行儀の悪いことをしつつ、本に視線を預けていると。
思いっきり、人にぶつかってしまった。
しまった! まぁぶっちゃけやるかなとは思ってたけどね……!
「すみません……! 余所見していまして!!」
直ぐにぶつかった相手に向き直り、勢いよく頭を下げる。
「いや、こっちも余所見していたから別に気にしな……って一条か?」
「……あれ、日吉君?」
やけに落ち着いた声が返ってきて、相手が怒っていないことにホッとしたのも束の間、聞き覚えのある声に顔を上げるとそこには古武術の日吉君がいた。
「お前どんくさいんだからちゃんと前みて歩け。危ないだろ」
「う、ご、ごめん……つい、本が面白くて……」
「本? これか?」
そう言って日吉君はぶつかった拍子に私が落とした本をしなやかな所作で拾ってくれた。拾ってくれた、のは嬉しいができれば表紙を、タイトルを、見ないでほしい。表紙には大々的に『都市伝説』と書かれているわけで、少し恥ずかしいのだ。とはいえ私の願いは届かず、彼は表紙を見てくれた。それはもう、ガッツリと。
「お前、これ……もしや同士か?」
「……へ? 同士?」
「都市伝説、俺も好きなんだ」
まさかの切り返しに驚いて日吉君を見つめれば、彼はどこかキラキラした目で本を差し出していた。まだ出会って二回目だが今までで一番いい顔をしている。失礼かもしれないが日吉君らしくない顔である。
「そうだったんだ! 私はそんなに詳しくないんだけど、昨日の特集見て興味が湧いてね、調べてたんだ」
「その特集俺も見たぞ。なかなかいい内容だったな。特に口裂け女とUFOの件が良くてーー……」
そう言って語りだす日吉君。よっぽど都市伝説が好きらしく、話自体も詳しいから聞いていて面白い。しばらく黙って聞いていると、彼は突然ひらめいた、という表情になった。
「一条、晩飯は食べたか?」
「えっ、どうしたの突然。まだだけど……」
「今日は一人で晩飯か?」
「そうだよ、叔父さんは今日帰ってこないし」
「よし、俺と食おう」
「はい?? どうしたの日吉君」
「お前、今日は道場に来る日だろ。稽古が始まる時間まで俺が都市伝説を教えてやる、何なら今から近場を巡ってもいい。稽古の前に晩飯を食べながら都市伝説を深めよう」
「い、いつになく積極的だね日吉君……」
突然の申し出に驚いたものの、内容自体は楽しそうだったので乗ることにした。ちょうど今日道場に通う日だったし、テンションが高いこの日吉君がちょっと面白いのでもう少し付き合ってみたいと思ったのだ。
「よし、乗った、日吉君。よろしくお願いします」
「じゃあまずは腹ごしらえからだな」
こうして突如ふしぎ発見ツアーが発足したのであった。
*****
「あ、じゃあ日吉君はもうすぐレギュラーになれそうなんだね」
「ここの所、調子が良いからな。まあ、どうなるかは監督にかかっているが、確率は高い。あとは古武術テニスが完成したら確実だろう」
「すごいなぁ。200人の中のほんの一部しかなれないレギュラーなんでしょ?」
「そうだが、もっと凄いのは部長だ。……あの人を越すのが俺の目標なんだ」
いつの間にかテニスの話になっていて、日吉君から近況報告を受けた。話している彼の目は爛々と輝いていて、いつぞやの上を狙う橘さんの目を思い出す。彼もまた、上を狙っているのだろう。やっぱりしっかりと求めるものがある人は素敵だなぁと思う。前向きな人を応援したくなるのは人間の性。私はふんわりと微笑んで日吉くんを見つめた。
「日吉君ならきっと、追い付けるよ。応援してる」
「……ああ」
日吉君は何故か言葉に詰まりつつも「ありがとう」と柔らかく言ってくれた。先ほどからテニス関係の話になっているが、都市伝説や七不思議などの話もいろいろと教えてくれてとても楽しい時間が続いている。ちなみにこの際ついでに私のテニス事情もざっくりと話したので、とても気軽に色々な話ができるようになった。晩御飯も食べ終わり、あれからずっと喋り続けても話題は尽きなく、気がつけば日も暮れかかっていて今は道場まで一緒に向かう道中だ。楽しい時間はあっという間だった。
「でも今日はUFO見つけられなかったね〜」
ふう、と残念そうに軽くため息を溢すと日吉君も落ち込んだような顔をした。
「ああ、いなかったな」
「今度は見つけられるかな?」
「…………」
「……日吉君?」
突然黙り込んだ彼に目を向けると、歯に物が詰まったような、何とも言い難い顔をしていた。思わず、立ち止まる。
「あの、日吉君……どうかした?」
「なあ、一条」
「うん」
「……本当に口裂け女やUFOは、いると思うか?」
「え……?」
いると思ってたから探していたのでは……?
問い掛けの真意がつかめずに訊き直すと、困ったような表情の彼と目が合った。
「正直、俺はいると信じたい。だがそう考えることは可笑しい事だとたまに思う」
「どうして?」
「人は、一般的にはそんな架空のものを本当に信じたりはしない」
「えーと、日吉君の周りの人は信じてないってこと?」
「ああ」
「……だから、日吉君も信じないの?」
「……いや、周りと違うことが、稀に怖く感じるんだ」
力なさげにそう告げた日吉君は、口裂け女とかだけの事を言ってる訳じゃないように見えた。たかだか出会って二度目だが、日吉くんは常にシャンと真っ直ぐ立つ、しっかりと自分をもってそうな人に感じていたので、そのギャップに少し驚く。でも同じ中2だし、まだまだ揺れる時期なんだろう。落ち着いてて大人っぽいから忘れそうになるが、彼も中学2年生。揺れる気持ちは私も同じだからこそ、私は真っ直ぐ日吉君を見つめて言葉を紡ぐ。
「他の人と違って、何か悪いのかな?」
「え?」
「他の人と違うことは、個性だよ。それを否定したら、日吉君が日吉君じゃなくなっちゃうんじゃないかな」
「…………」
「それに、テニスって個性が大切なんだなってよく感じるの。だから、他人と違うことは強みだと私は思う。人と違うものを信じる日吉君は、きっと個性的で素敵なテニスプレーヤーになれると思うよ」
「……!」
「絶対口裂け女とかはいるんだ! なんて考えを押し付けるようなことはどうかと思うけれど、信じる気持ちを我慢する必要はないんじゃないかなぁ」
喋っているうちにどんどん考え込んでしまい、言葉が止まらなくなってしまった。なんて伝えたら、日吉君の良さが伝わるのだろう。私はどんな日吉君も素敵だと思っているのだけれど。うむむ、といつの間にか私の方が悩みつつ俯くと、彼に優しく声をかけられた。
「一条」
「どうしたの?」
呼び掛けられて顔を上げると、目の前にはものすごく柔らかい微笑みを私に向ける、日吉君。レアだ。絶対レアだ。
「ありがとう、一条。俺は信じることにする」
率直にとても嬉しそうに向けられたお礼が私の心を満たして。
「どういたしまして!」
自然と満面の笑みになったのは言うまでもない。そんな私の頭をさらりと撫でて、日吉君は「じゃあ行くか」と歩き出した。この後は古武術のお稽古だ。
今日も私の素敵な「先生」に教えてもらおう。
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