仙人掌の君




あの手紙を見てから、急に色々なことを鮮明に思い描けるようになった。例えば、通学路とか自分の家とか家族の事とか。これで無事に学校に通えそうで安心だ。

まぁ、今日は記憶を更に呼び起こすためにも、帰るついでに近所の散策とかしてみよう。靴を履き、どこへ行こうか考えたとき、ふと自分の殺風景な部屋を思い出した。何にも置いてなくてつまらない様子なので、どうしたものかと考える。

観葉植物でも置いてみるかな?

少しは安らぎを与えてくれるかもしれない。そうと決まれば即実行と、私は下校途中にお花屋さんへ行くことにした。


*****


チリンチリンとドアのベルを鳴らして古風で可愛らしいお花屋さんに入る。中にはあまり人がいないのでちょっとラッキーだ。観葉植物のコーナーを探して歩くと店の奥にそれはあり、いくつかのサボテンを学ランを着た男の子が真剣に見つめていた。夕日に透ける茶髪がとてもきれいだ。

そしてサボテンかわいい。サボテン……かぁ。

小さくて丸々としたサボテンは可愛くて、部屋にあっても見ててなごみそうだ。それにサボテンはあまり水をあげなくて良いから、世話が楽だったはずだし……と、考えつつサボテンに手を延ばした。が、しかし。

「痛っ」

トゲが刺さった。地味に痛くて涙目で痛みを耐えてみるが痛い。うぬぬ、とただただ耐えていると、「大丈夫ですか?」という優しい声とともに、綺麗な手に指を攫われる。

「だ、大丈夫、です」

突然の事に驚き、どもりつつ声の持ち主を見上げる。指をさらったのは、色白で、目の形が綺麗な、さっきの茶髪のお兄さんだった。

「良かった。怪我はしてないみたい。サボテンのトゲは危ないものもあるから気をつけてね」

そう優しげに言う彼の、綺麗な切れ長の目と視線が合う。

うっわ、綺麗な目……。

思わずじっとその人の目を見つめていたら、細められてしまった。残念。

「クス……僕の顔に何かついてたかな?」
「あ、いやあの、すみません。あまりにも目が綺麗だったもので……」
「目?」
「はい、凄く綺麗で切れ長な目だなぁって……。なんというか……物静かなのに、見つめれば見つめるほど奥に何かある気がして、つい。素敵な目ですね」
「……そう。そんなこと言われたのは始めてだな。ありがとう」

あ、しまった言い過ぎたか。普通に初対面で言うことじゃないよね。

「いえ、あの、初対面なのに変なこと言ってすみません。あと指、ありがとうございました」
「全然良いよ。綺麗な指に怪我がつかなくて良かった」

そう微笑みながら私の指をそっと撫でる茶髪さん。綺麗な指だなんて初めて言われたので、どう反応していいか分からない。

「……初めてそんなこと言われました。いたって普通の指ですけど……」
「ううん、美しいよ」
「……ありがとう、ございます」

もの凄く照れるね、なんか、こう。
つい、黙り込んでしまった。

「ところで君、仙人掌に興味があるの?」
「あ、はい。観葉植物が部屋にあると、なごむかなって思ってここに来てみたら、サボテンが思いの外可愛くて」
「そっか。じゃあ僕と一緒だ」
「一緒、ですか?」
「僕も仙人掌に一目惚れしちゃってね。綺麗だよね、仙人掌って」
「そうですね。サボテンって人を惹き付ける力でもあるんでしょうか」
「クス……どうだろう。ところでサボテンってどう書くか知ってる?」
「さあ……?」
「仙人の掌って書くんだ」
「神秘的、ですねえ……。仙人の掌かぁ」

素敵だなと思ってほわっとした笑顔がこぼれた。目の前にいる茶髪さんも楽しいのか、うっすらと目を開いて口元の笑みを深める。

「……ねえ、僕とお揃いの仙人掌買ってみない?」
「へ?」
「どちらが綺麗に育つか……とは言わないけど、君の仙人掌がどういう風に育つのか見てみたいんだ」
「だったらお揃いでなくともいいのでは……?」
「僕のと比較したいんだ。それと、今日逢った記念。」
「えーと……」
「……駄目、かな?」

何故か彼はいま、目を開いていた。
その目はキラキラしてて綺麗なわけで……そんなまっすぐ見つめられて……断れる人はいますかね、いや、いない。

「わ、解りました、良いですよ。でもどう育てれば良いのでしょう?」
「あまり水をあげないことと、言葉をかけてあげることが大事だよ」
「言葉……綺麗だね、とかですか?」
「そう。僕はいま女性に見立てて声をかけてる」
「あぁ、それ良いですね!」

と、その後なんだかんだで茶髪さんは育て方を詳しく教えてくれたので、私の観葉植物1号は(茶髪さんとお揃いの)サボテンとなった。




「ありがとうございました」

無事にサボテンを買ってお店を出たところで、茶髪さんにきちんとお礼を言う。

「こちらこそ、ありがとう。君のお陰で仙人掌を育てる楽しみが増えたよ」

ところで、私は茶髪さんの名前をまだ聞いていないし、私も言っていない。ふと気になって名前を聞こうとしたところで、私のメールの着信音がなった。なんてタイミングが悪いんだ。

「あ、ちょっとすみません……急ぎみたいなので、携帯見ますね」
「どうぞ」
「どうも…………って、はい!?」
「どうかしたの?」
「あ……いえ、"17時からのテニス番組を録画しておいてくれ"っておじさんからメールが……」
「それは……急いで帰らないといけないね。今はもう16時30分だ。」
「ここから家まで約25分……。ギリギリ間に合うので頑張ります!」
「うん、頑張ってね」
「色々とありがとうございました!」
「クス……こちらこそ。また、どこかで」
「はい! それでは失礼します!」

言うや否や私はサボテンを抱えて駆け出した。体力はある模様……なのを信じる。

そして後ろを微塵も気にせず走り出したので当然、

「また、ね。……一条美里さん」

そう言って心底楽しそうに茶髪さんー…不二さん、が呟いたのを、私は気づかなかったのであった。

ってか結局名前聞き忘れちゃった! まぁ、知ってるし、不二さんなわけですがっ! ていうかここで会うってどういうこと!?

「テニスの王子様」のキャラなので知ってはいたものの、これは初対面で私は名前を知らないはずなので「仙人掌の君」と心の中で呼ぶことにしました。名前はこんど聞こう。



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