中学女子テニス界の女神?




家に着いたのは4時55分。おじさんから与えられた17時からのミッションを行うために、私はリビングのテレビの電源を入れ、すぐさま録画し始めた。

えーと、確か6chの……あった、これだ。

録画ボタンを押してミッションクリア。無事に『中学女子テニス特集』を録画することに成功したので、ふぅ、と一息ついて私は周りを見渡す。守おじさん(と私)の家は高級マンションの上の方の階で、意外とおじさんは稼いでるんだなと思った。家の中はきちんと整っていて、あまり生活感がないと言えばない。

それもそっか……なにせおじさん、出張中だし。

そう、雑誌の編集やら取材やらで守おじさんはあまり家にいない……みたい。今も出張中で、あと2週間ほどは帰ってこない模様。

もしかして「こっちのわたし」は……寂しかったのかな……?

入れ換わったという事は、お互いがその世界が嫌だったという事。ということは「こっちのわたし」にも何かしらあったばず。ただ、入れ換わってみて気づいたのは、今のところ確実に前の世界より素敵だってことだ。入れ換わりたい理由が全く解らない。

勉強を押し付けられる訳じゃないし、友達も普通にいるし、親はいないから暴力受けることとかないし……めちゃくちゃ良いじゃないですか、この世界。

こっちの私は、いったい何が嫌だったんだろう。
まぁ考えたところで解んない……か。

考えつつもふと視線をテレビのほうへ向けてみると、そこには去年の全国大会の様子が映ってた。テレビの音も耳に入ってくる。女子テニスの女神降臨、とのことだった。

『中学女子テニス界にも期待の星がいた!
彼女の名前はーー…… 一条美里!! 』

その台詞に、一瞬で、頭が真っ白になった。

思わず食い入るようにテレビを見ると、画面の中では毛先が少し癖毛な髪をポニーテールにまとめた女の子が、夏にも関わらず汗ひとつかかずに相手を打ち負かしていた。それは酷く、つまらなさそうに。その顔は毎日鏡で見てきた自分のものと瓜二つだ。
目の前の光景が信じられなくて呆然とテレビを見ていると、突然メールが届いた。開いてみると、守おじさんからだった。

『言い忘れたけど、録画はしてほしいけどできれば内容は見ない方が良いかもしれん。美里ちゃんにはきっと辛い内容だと思うから……。すまんが、今から取材だから今日はもう連絡出来なさそうだ。戸締まりとかきちんとして寝るんだぞ』

ますます訳が解らない。これは本当に「わたし」だということなのか。


ということは、
「わたし」は……中学女子テニス界の、女神……?


テレビの中の「わたし」は驚くほど強く、綺麗なテニスをしている。テレビの特集は続く。

『さて、大会を見に来ている人に一条選手の魅力を聞いてみました』

そう言って映し出されたのは青学のジャージを着た、眼鏡の……手塚さん、だった。

『そうですね……一条選手のテニスには無駄がなく、美しいと思います。俺の目指している形なのかもしれません』
『中学男子テニス界のカリスマ、手塚君も認める一条選手のテニスは来年もこうご期待です!』

は!? あの、手塚さんにまで認められてるの!?

混乱を極める私を置いて、テレビの場面は変わって今年開幕したばかりの女子テニスの地区予選が映し出されていた。

『さて、今年も開幕しました中学女子テニス大会!! 男子より一週間早く女子は地区予選決勝です。さて、ここは地区予選会場。今年の一条選手のテニスはどのように魅せてくれるのでしょう!?』

でもそこに映っていたのは、左足首を冷やしている私だった。もう本当に、何がなんだかわからない。

『おぉっと? 一条選手は捻挫してるようですね……地区予選決勝は一条選手抜きとなるようです。これは大きな痛手だ!』
『しかし一条選手抜きでも無事に優勝しましたね。ああ、良かった。この試合のポイントですが……』

解説は続くが、膨大な疑問が頭を占めて、もう耳には入ってこない。

おかしい……私の捻挫……もう治ってるのに……。

足を触ってみても違和感はないし、地区大会決勝は一週間前のはずだ。

何で、いまもテニスを休まなきゃいけない衝動に駆られてるんだろう。何で、学校でテニス部関係の話をされなかったんだろう。何で、何で、何で。

何で……テニスの話を聞くと、悲しくなるんだろう、苦しくなるんだろう……。

こっちの「わたし」は、これが嫌だったのかな……。


*****


「落ち込んでてもしょうがないか」

解らないものは解らない。今はまだ知らなくても良いのかもしれない。

「とりあえず、夜ご飯作らなきゃ。調味料とかちゃんとそろってるかな……?」

まぁなかったら買いに行けば良いか、その辺のお金は守おじさんが出張の前に置いていってくれたみたいだし。と考えつつ台所チェックをしていたら、

「え……お醤油ない、とか。え、嘘でしょ!?」

生活必需品といっても過言ではないお醤油が無いことに気がついた。生活感がなさすぎでは。でもないなら買いに行くしかない。お醤油がないのは正直色々不便だし、と買いにいく準備に取りかかる。

じゃあ……行きますか。

私はテレビの電源を切って、財布を持った。初日から色々ありすぎて微妙に重い身体をシャキッとさせて玄関を出る。

「行ってきまーす、っと」

返事はもちろん返ってこない。こっちの私はこれが嫌だったりしてと適当に予測し、エレベーターのボタンを押した。携帯をみると5月2×日(金)17:30とでていて、ふと前の世界と時間も一緒なんだろうなと思った。私は暗くなりだした春の夜道をスーパー目掛けて駆け出す。


休部してはいるものの、体力はまだ健在のようで安心した。



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