サラサラさんとお醤油探し




もしもスーパーで人と同じものをとってしまったら、譲るのが当然だと思うんだ。
例えそれが、ラスト1本のお醤油だったとしても。そんなこんなでスーパーについた私は今、サラサラの長髪を後ろでひとつにしばった少年と、お醤油の譲り合いをしています……。

「いや、だから本当に大丈夫なんで。また別のところでお醤油買うんで、どうぞこれ持っていってくださいって」
「だからもう暗くなり始めてるから、女子が一人で出歩くのは危ねえっつってんだろ。俺が譲るからお前が買えって」
「でもあなたきっとお急ぎですよね? 私は別に時間とか余裕ありますし……。それに私、そんな襲われるような外見してないですから」
「俺だって時間ぐらい大丈夫だ! あと女子はみんな危ねーんだよ!」

など言い合って早5分、終わりが見えない。でもここに来て「じゃあもらいます」って出来る人なんていないと思う。もはや意地になっていると言っても過言ではないことぐらい解ってはいるが、止められない。

「女子はみんな危ないなんてそんなの偏見で……って、あ」
「あ?…………あ」

「あーらついてるわあ。ラストのお醤油ゲットしちゃった」

とられた……。

今しがた突然現れた見知らぬおばさんに、お醤油をとられてしまっていた。これぞ、漁夫の利。
思わず言い争ってたサラサラさんの方を見ると、「激ダサだぜ……」と呟いていたので真似してみた。

「激ダサですね……」
「……お前、意味分かってんのか?」
「……すごく、ダサい、みたいな?」
「おー、だいたいそんなニュアンスで合ってる。意外と使いやすい言葉なんだよな。つい言っちまう」
「へえ……じゃあ、機会があったらこれから使ってみてもいいですか?」
「いいぜ。特別に許可してやるよ」

意外に使いやすいらしいので『激ダサだぜ』の使用許可をもらっておいた。是非とも使ってみたい。ちょっと嬉しいのでにこにことお礼を言っておく。

「ありがとうございます!」
「お、お前なんか変わってるな……」

と、サラサラさんは若干赤くなりながら呟いた。彼の顔が突然赤らんだ理由は見当もつかないが、「変わってるな」は誉め言葉として受け取っておこう。

「ありがとうございます?」
「何で疑問形なんだよ」
「変わってるは誉め言葉なのかなって思って」

私がそう言うと、サラサラさんは思わずといった感じで「ぶはっ」と吹き出して笑ってくれた。なぜだろう、初対面なのにこの人との会話は気が楽だ。爽やかで話しやすいのだろうか。ロン毛のくせに中身は爽やかなサラサラさんともう少し話したかったけれど、もうすぐ6時だからそろそろ次なるスーパーでお醤油を探さなくちゃいけない。

「じゃあ、そろそろ別のスーパーでお醤油探そうと思うのでこれで。なんかすみませんでした」
「いや、別に良いけどよ……」
「じゃあ、失礼しま……す?」
「…………」

突然、サラサラさんに無言で腕を掴まれた。
ちょっと怖いんですけど。そして動けないんですけど。

「あ、あのー……?」
「あー……うん。一緒に、行ってやるよ」
「へ?」
「だから、一緒に醤油買いに行こうぜって言ってんだよ!」
「はあ」
「外見てみろよ、もう暗いだろ」
「あ、だから一緒に?」
「そ、そうだ! 襲われでもしたら後味悪いしな!」
「それは……確かに後味悪いですよね……。じゃあ、お言葉に甘えます」
「お、おう。お前チャリで来たのか?」
「いえ? 歩きです」
「じゃあ俺はチャリだから2人乗りだな」

そう言ってサラサラさんは私の手を引いて歩き出した。爽やかだけど何気に強引なサラサラさんである。

「あ、あの、ありがとうございます」
「おう。……あ、ところで名前訊いてもいいか?」
「一条美里です」

名前を告げると少しだけサラサラさんの横顔から訝しげな雰囲気を感じた。もしかして私のことを知っていたりするのだろうか。私はこのサラサラさんのことをほんの少し知っているのだけれども。

「あの……? あなたのお名前も訊いてもいいですか?」
「ああ、俺は宍戸亮だ」

やっぱり宍戸さんか……まだ髪切ってないんだ。

「宍戸さん、ですね」
「おう、よろしくな、一条」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃ行くか」

こうして私はサラサラさん改め宍戸さんとお醤油探しに出掛けることになったのだった。ちなみに自転車の二人乗りは初めてだったけど、宍戸さんの自転車の荷台の安定感がものすごく良くて素直に感動しました。


*****


あれから次のスーパーで無事にお醤油を発見した私は、宍戸さんについでに家の前まで送ってもらった。「帰り道とはいえ夜道を女子一人で歩かせられねぇ!」とのこと。宍戸さんは心もイケメンである。
感謝してもしきれないので、マンションに入る前に改めて宍戸さんを見上げてお辞儀をした。

「本当に、ありがとうございました」
「気にすんなって。俺が勝手に心配して送っただけだからよ。それにちょうど俺の帰り道だったしな」
「でも私はそのお陰で安全に帰れました。助かりました!」
「お前本当律儀なんだな」
「宍戸さんほどではありませんよ」
「そーでもねえよ……っと、いけね。さすがにもう帰らねーと叱られそうだな」
「遅くまですみませんでした。気をつけて帰ってくださいね」
「おう! じゃあな!」
「はい」

爽やかに立ち去る宍戸さんに、私は笑顔でしばらく手を振り続け、その姿が見えなくなるころにお醤油を抱えてマンションへと入っていったのだった。

ところで宍戸さん……すごい爽やかだったというか、優しかったな。

そう、ただただひたすら感心した。


*****


ちなみにその頃の宍戸はというと。

(しまったっ! せっかくあの一条と知り合えたのに連絡先聞き忘れた!)

「……激ダサだぜっ。」と呟いてひとり頭を抱えていたのであった。



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