女神と地区予選2




黒くて凄く短い髪。がっしりとした体つき。
おでこに黒子に、極めつけは”不動峰”とかかれた黒いジャージ……ここまでくれば誰かは自ずと分かるだろう。正しく彼は、橘さん。

「橘さん」と口にした私に、彼は分かりやすくギクッとした顔をした。

「どうして、俺のことを?」
「どうしてですか……じゃあ逆に、あなたはどうして私を知っているんですか?」
「それは……一条さんが全国区のテニスプレーヤーで、”中学テニス界の女神”と呼ばれる存在だから……だが」
「私が橘さんを知ってる理由も同じです。あなたも全国区ですよね? 九州二翼の一人、橘桔平さん……?」
「……!」

まぁ本当は漫画読んでたから知ってるだけだけどね……。私だけが知られてるのも癪に障るっていうか、ちょっとした仕返しってことで。

橘さんは固まってしまって、しばらく沈黙が続いた。私から話しかけるのもちょっと気まずかったので、次に言葉を発したのは彼だった。

「大した洞察力だ、一条さん。髪型もガラッと変わってるのによく気づくもんだぜ」

しまった髪型変わってたのか……。

「それは……橘さんってオーラ、出てますから」

苦しい誤魔化し方をしてしまったが、橘さんは爽やかに大きく笑ってくれた。

「はは、そうかオーラか!」

良かった……!

「ところで一条さんは何でここに?」
「あーえっと、とりあえず一条で良いですよ? 呼び捨てで構いませんから」

さっきから微妙に呼びづらそうだし……。

そう申し出ると橘さんは笑って頷いてくれた。

「じゃあ、そうする」
「で、えーと私がここにいる理由ですか……まあ、応援です」
「今日は練習は?」
「……怪我が、まだ……」
「……そうか」
「……」

なんか沈黙が生まれてしまった。これ真実に気づかれてるんじゃないかと心配になる。

「……怪我は、」
「はい……?」
「怪我は、心の傷も含めてか?」

言われた瞬間、なぜか、心にズキンときた。


”私がいなくたって、別にこのチームは成り立つのよ……”


心のどこかで「わたし」の声が聞こえた気がする。

ああそうか、だからわたしは、
テニスを休むんだ。


しばらく黙っていたら、橘さんに心配そうに顔を覗き込まれた。

「一条? すまない、無神経なことを言ったか?」
「……あ、いえ、全然そんなことないです。むしろ、妙に納得してしまったというか……」

不思議そうな顔をする橘さんに、私はからりと笑ってみせた。

「だからその、そうなんです。リフレッシュ休暇中、みたいな感じなんです!」

そう宣言すると、橘さんは驚いたような表情をした後、ニカッと笑ってくれた。

「そうか。そうだな、たまには休暇も良いと思うぞ」
「そうですよね!」
「しっかり休んで、また楽しくテニスを出来るようになると良いな」
「……ありがとう、ございます!」

橘さんは凄く良い人で、まるでお兄ちゃんみたいだと思った。この、ひとを安心させるようなオーラや立ち振る舞いだからこそ、不動峰のみんながついていくのだろう。

私もそのオーラにやられてか、ほっとしてなんだか泣きそうになった。

「ところで、応援に来たと言っていたがどこの応援をするんだ?」
「あ、えっと青学の応援に友達と来ていたんですけどはぐれちゃって……。青学の場所も分からなくて、迷子……なんです……」
「じゃあ、案内しよう」
「え、良いんですか……!?」
「ちょうど青学のところに挨拶に行こうと思っていたんだ。一緒に行かないか?」

もちろん、迷いなく私は答えた。

「お願いします!!」

大きく頭を下げて、迷子から解放されたという喜びを感じながら微笑んだ。

「じゃあ改めて、不動峰中の橘桔平だ。よろしくな、一条」

橘さんが手を差し出したから私は握り返す。

「一条美里です。よろしくお願いします!」

あえて学校名を言わなかったのは単なる一条美里でいたかったから。

こうして橘さんに送ってもらえることになったのであった。


……本当に良かった。



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