女神と地区予選3
あれから私は橘さんと雑談しながら青学を探している。話によれば青学は無事に勝ち上がっているみたいで、決勝戦で不動峰と当たるから挨拶をしておきたいんだそうで。話をしながら私はふと疑問が浮かんだ。
あれ、橘さんって九州の二翼なのに何で東京の不動峰にいるんだっけ……?
段々と前の世界で読んだはずのテニスの王子様の記憶が薄れてきてるような気がする。そしてその分、こっちの「わたし」が培ってきたテニスの知識とか抱えていた複雑な気持ちが段々と脳内を占めるようになりつつある。同化でもしてるのだろうか。
「それで……一条?」
「……あ、すみません。ちょっとぼーっとしちゃって」
「そうか。何か考え事か?」
「ええ……あの、橘さん……転校したんですか……? 去年は九州の方にいらっしゃいましたよね?」
「ああ……、まあな」
「色々あって」と橘さんは少し寂しそうな顔をする。しまった、余計なことを聞いてしまったかもしれない。
「今は不動峰で1からテニス部を築き上げているんだ」
「1からテニス部を……。じゃあ、今年の不動峰は強いんですね」
そう言うと橘さんはきょとんとした顔をした。
「そんなことを言ったのは一条が初めてだ」
「え……?」
「不動峰は無名校で、しかも一条はまだ俺たちの試合を見てないんだよな?」
「あ、はい」
「なのになぜ強いと?」
驚いたように、でもどこか嬉しそうに橘さんは訊く。
私は彼の目をしっかり見つめ、真っ直ぐ答えを返した。
「橘さんの目が、ギラギラしていたので」
「ギラギラ?」
「はい。上に行くんだという闘志を感じる目をしていたから、そんな目を橘さんにさせる不動峰はきっと強いと思ったんです」
自惚れて、当たり前のように予選を勝ち抜いている目ではないと思った。一生懸命何かを築いてる、そんな感じがした。
そう告げると橘さんはぐしゃっと私の頭を撫でてくれた。
「うわわっ、た、橘さん……!?」
「ありがとな」
「……はい!」
嬉しそうにお礼を言われたから、私も笑顔で返しておいた。はたから見ると兄弟がじゃれあってるように見えただろう。そんなこんなで仲良く歩いていると、後ろから突然声がかけられた。
「橘さんっ!」
振り返るとそこには、髪の毛のせいで顔半分が隠れてる男の子とサラサラの髪をセンターで分けた男の子がいた。
「橘さん、もうすぐ集合時間で……!」
と、髪の毛で顔半分が……長いから鬼太郎くんでいいや……鬼太郎くんが私を発見して、しまったというような顔をする。
「す、すみません! お取り込み中でしたか!?」
「あ……いえ、気にしないでください」
「まったく。俺はやめたほうがいいと思ったのに神尾が無闇に話しかけるから困った展開になっちゃったホントやめてほしいんだけど」
「ちょっ、深司だって俺の背中押しただろ!?」
「押してない。神尾が勝手に話しかけ、」
「2人とも、そこまでにしておけ。……一条が困ってるだろ」
橘さんが仲裁に入ってくれたお陰で、2人は言い争いを止めて私の方を向く。
「す、すみません……」
「……すんまそん」
「あ、いえ……大した話をしていたわけでもないので、全然大丈夫です。橘さんに何かご用事があるんですよね?」
「ああっ、そうです! もうすぐ集合時間だからみんな集まってますよ、橘さん」
「早く青学に挨拶に行きましょう橘さん」
「ああ、もうそんな時間だったのか……」
2人にそう言われ、困ったように私を見る橘さん。
うーん、出来れば……青学がいる所まで送ってほしいんだけど……。
でもここは部員を優先するべきなはずだ。そう思い顔を上げると、視界の端にチラッと青学のジャージが見えた。
あ、意外と近いところにいる!!
「橘さん、私のことなら気にしないでください!」
「だが俺は一条を青学まで送り届けると約束を……」
「すぐそこに、青学がいるので簡単に合流出来そうなんです」
そう言いながら青学の方を指差すと、橘さんもその方向を見て少しほっとしたような顔をした。
「ですから、橘さんは不動峰の部員さんたちと合流してください」
「……分かった。すまないな」
「全然大丈夫です!」
「あ、あのっ。お邪魔しちゃってすみませんでした、橘さんの彼女さん」
「……え?」
「……え??」
「神尾、一条は彼女じゃないが?」
「今日が初対面ですねぇ……」
「え、仲良さげだったし俺てっきり付き合っ……す、すみません!!!」
「神尾は早とちりしすぎなんだよ。やめてよ一緒にいる俺まで恥ずかしいじゃん」
「……なんかすまないな、一条」
「ふふ、全然良いですよ。面白い方たちですねぇ」
「ああ、でもこいつらが不動峰の主戦力なんだ。ほら、お前ら名前」
そう橘さんが促すと鬼太郎くんとサラサラセンター分けくんが自己紹介をしてくれた。
「不動峰中2年の神尾アキラです」
「同じく伊武深司です。よろしくって言ったほうがいいのかなよく分かんないなぁ」
「あ、えっと一条美里です。2人と同じく中2だから敬語じゃなくて良いよ。橘さんにはさっき嫌な人に絡まれてるところを助けてもらったの」
「そうだったんだ!」
「うん。そんな感じだけど、よろしくお願いします」
と笑顔で神尾くん、伊武くんの順に手を差し出すと、神尾くんはちょっと照れてるみたいだったけどすぐ笑顔で握り返してくれた。伊武くんもぼそぼそ言いつつも握手をしてくれる。
「よろしくな、一条!」
「まぁよろしくって言っておくか、よろしくね一条さん」
頃合いを見計らって橘さんが声をかけてくれた。
「よし、じゃあそろそろ行くか。一条、本当に大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。ここまで送ってくださって、ありがとうございました。色々なお話、楽しかったです!」
「俺も楽しかった。ありがとう」
そう言うと3人は踵を返して不動峰の集まりへと向かうが、ふと私は言い忘れを思い出して、呼び止めてしまった。
「あ、橘さん!」
「どうした?」
「応援してます、不動峰のこと! 頑張ってくださいね!!」と叫ぶ。
「おう!」と嬉しそうに橘さんは答えてくれた。
その向こうで驚いた神尾くんたちの顔が視界に入って、なんだか気分がよくなった。
よいしょ、と不動峰を見送った私はクーラーボックスを持ち直す。
青学はすぐそこのはずだ、と歩き出したところで青学の一般ジャージを着たヘアバンドの人が自販機に向かって悪態をついてるのを見た。
どうしたんだろう……?
そのヘアバンド君に近寄る私は、また新たな人たちと出逢ってしまうことを、まだ知らない。
*****
「何か……神尾ぼーっとしてる?」
「いや、その、笑顔が」
「はぁ?」
「一条さんの笑顔が可愛かったなって! そんだけ!」
「ああ、うん。確かにそう思うけど……なんか神尾気味悪いね。女子に耐性なさすぎでしょ」
「深司お前ーーっ!」
2人の鬼ごっこは橘さんが止めに入るまで続いた。
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