女神と地区予選5
仙人掌の君は、まるで荒井君と引き離すかのように私に一歩近寄って微笑みかけてきた。
「ふふ、こんにちは。まあ、久しぶりってほどでもないけどね」
「じゃあ、一昨日ぶりでしょうか」
「うん、そうだね。仙人掌は元気?」
「まだ2日程度しか育ててないのですが、少し緑色に艶が出てきましたよ」
「いいね、僕の方は仙人掌の針に艶が出たよ」
「は、針に……!? 流石ですねぇ……」
「ふふ、ありがとう」
針に艶が出るって何なんだろう……何て声かけたら、っていうかどう育てたらそんな風になるの? あ、肥料??
なんて考えてしまい、少し黙った隙にツンツン頭くんが割り込んできた。
「あのっ、この女子、不二先輩の知り合いッスか!?」
「うん、でも知り合いというか運命の相手、かな?」
仙人掌の君に良い笑顔で「ね?」と微笑まれた。
いや、そんな微笑まれましても。ツンツン頭くんたちは面食らったような顔してるし。
するとこの流れを見ていた荒井君が意を決したように訊いてきた。
「一条さんは、その、不二先輩の彼女なのか?」
「え、違いますけど」
「え!? でも今運命の相手って!」
「運命的にお花屋さんで出逢って、仙人掌をお揃いで購入しただけの仲ですが……」
「ね、運命の相手」
「不二先輩紛らわしいっすよ!!」
などとやりあってると少し黙っていたツンツン頭くんが不思議そうに訊いてきた。
「ところで、"あの" 一条美里が何でここに……?」
空気が、凍った。
それはもう、ひんやりと凍った。
やっぱり知ってるよね……。
空気のひんやり感を感じつつも答えるために口を開く。
「えー……と。青学の応援に、じゃあ答えにならないかな?」
「でもいま大会の期間中だろ? 練習とかねぇの?」
「今はね、私、リフレッシュ休暇中」
「リフレッシュ休暇ぁ?」
「……まあ、いいじゃないか桃。一条さんもこう言ってるし」
「ああ、そうだぜ桃」
「うーーん、そっか、リフレッシュ休暇な」
まだ色々聞きたそうというか、納得のいってなさそうなツンツン頭くんだったけど、仙人掌の君と荒井君のフォローで一応は理解してくれたみたいだ。助かった。
「あ、ところでまだ僕の名前言ってなかったよね?」
「はい、そういえばそうでしたね」
「僕は青春学園中等部3年の不二周助。テニス部ではレギュラーなんだ」
よろしくね、と差し出された手を握る。
「ご存知かもしれませんが……一条美里です。改めてよろしくお願いいたします」
何か聞きたそうな言いたそうな、考え事をしていそうな顔で不二さんは口元だけ微笑んで見せた。握手の状態、すなわち手を握りながら。そのまま少しの間、なぜか膠着状態になってしまった。
「……あ、あの不二さん。いつまで握手してるんですか……?」
そう聞いてみると「あ、ごめんね」と手が離されて、その手を今度はツンツン頭くんがガシッと掴んだ。びっくりした。
「俺は青学2年の桃城武! よろしくな一条! 実は俺、あんたのファンだったんだぜ!」
「よっ、よろしくね桃城くん」
ゴメン、桃城君。「その」わたしとは中身が別人なんだ。
いわれのない罪悪感を感じつつ手を握り返すと、彼はニカッと笑った。
「桃城だと呼びにくいだろ。桃で良いぜ!」
「ありがとう、じゃあ桃くんって呼ぶね」
「おう! 確か同い年だよな?」
「うん、私も中学2年生だよ」
そう朗らかに話しているといかにも驚いた!という顔で荒井君が割り込んできた。
「えっ、中1くらいだと思ってた!」
だから初っぱなからため口だったのか、荒井君。
「それはそれは、期待を裏切ってごめんなさい、荒井君」
私、そんなに童顔かと軽くへこむ。
それかあれか、身長か? どうせ150p前後ですけど! 平均身長よりきもち低めですけど!
ジトっとした目で荒井君を見ると、彼は見るからにうろたえた。
「う、わ、わりぃ一条!」
「良いです気にしてませんよ荒井君」
「何で俺には敬語!?」
「先輩かと思ったので。……荒井君は、同い年?」
「ああ、俺も中2だ。だから普通に接してくれよ〜!」
「わかった、じゃあ、敬語やめるよ。これからよろしくね」
会話が一段落したところで、不思議そうに不二さんに話しかけられた。
「ところで、誰かと応援に来てたの?」
「はい、友達と……でも友達は彼氏とどこかに行っちゃったんで、私は1人で見ようかと」
「じゃあ、僕と一緒に見ない?」
「……はい?」
「まあ、僕は試合があるから途中でいなくなるけど……君ともっと話してみたいんだ。君が一人で見て回るくらいなら、僕もご一緒したいなと思って」
「はあ……」
「俺も話してみたいぜ! な、荒井!」
「お、おう!」
ご迷惑じゃないか少し心配だけれど、3人の方を見ると完全にウェルカムムードの様子。誘われたからにはご一緒したいなと思うし、1人で見るよりははるかに楽しいだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えてご一緒させてもらってもいいですか?」
「もちろん。時間もないし、さっそく行こうか」
そう言いながら不二さんは私の手首をそっと掴む。
「あ、はいお願いします」と告げると、自然と私たちは並んで歩きだしたのだった。
「なあ、不二先輩かなりあの子のこと気に入ってねーか?」
「まあ、あの一条だしな」
「"あの"?」
「んだよ、荒井。知らねーのか? 中学女子テニス界の女神の一条だぜ?」
「あ、あの子のことだったのか……! 雰囲気変わってて解んなかった……あんまり顔とかも写ってなかったしな」
「たしかに、俯きながらテニスしてたよな。でも俺は今の一条の方が好きだぜ」
「ああ、明るくて可愛いよな」
「羨ましいぜ、不二先輩!」
不二さんと会話しながら隣を歩くのに必死な私は、桃君と荒井君が何か話してるなとは思っていたけれど、会話の内容までは耳に入れる余裕はなかったということをお伝えしておこう。
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