女神と地区予選6
「えっ!? 柿ノ木中が負けた!?」
突然聞こえてきた桃君の声に、私は顔を上げて首を傾げた。
ちなみにここは青学の集まりから少し離れた場所である。あれから私は不二さんに連れられて青学の集まりまで来たものの、ちょうどレギュラーや部員たちのミーティングが始まったので、部外者の私は青学から少し離れた場所で待っていることにしたのだ。
「柿ノ木中……?」
聞いたことあったっけ?と気になってその学校名を復唱すると、不意に後ろから橘さんの声が聞こえた。
「シード校で都大会出場候補だった学校だ」
「ぅわあっ、橘さん!?」
「無事に着けたんだな、良かった」
「あ、ありがとうございます」
会話しながら振り向くと、不動峰の部員さんがずらっと並んでてビックリした。
「今から挨拶ですか?」
「そうだ。行ってくる」
そう言って橘さんたちは青学へと歩いていった。神尾くんは嬉しそうに私に小さく手を振ってくれたから、笑顔で振り返しておく。青学と絡みだした不動峰を見ながら、私はこの後の展開を思い出そうとした。
青学は全大会優勝のはずだから……不動峰にも勝つんだっけ……。
と考えながら、「あれ?」となった。
うっすらと優勝することは思い出せるのに、どこの学校とどう戦ったとか、誰と誰が戦ったとか全く思い出せない。
うわぁ……もしかして本格的にこっちの『私』と同化中……?
まぁでも仕方ない、中身だけ入れ替わっていたらそりゃあ同化もするだろう。前の世界の記憶が消えた訳じゃないし、これはこれで良いかという結論に至った。
ただ、懐かしき支配人、こうなることくらいは言ってほしかった。
考え事を終え視線を青学に戻したら、なぜかボールをラケットのフレームで転がしている伊武君と目が合ったから、凄いね、と声を出さずに伝えて微笑んでおいた。
オシャレな一発芸である。うらやましい。
*****
眼鏡を光らせた人が、隣から意見を求めてくる。
「正直なところ、この試合どうなると思う、一条」
「……不動峰は、きっと強いです。しかも勝ちに貪欲だと思うので、青学とも競るんじゃないでしょうか、乾さん」
「面白い見解だ、データに加えておこう」
「はあ……どうも……?」
青学と不動峰の試合が始まって、第一試合だからと不二さんは私をフェンスに置き去りにしてくれた。お陰さまで眼鏡を光らせた乾さんに見つかって軽い自己紹介の後、今の状況(一緒に試合観戦)に至る。
「そういえばスポーツドリンクをもらったそうだな。礼を言う。予備をうっかり後輩が忘れてきてしまって困っていたところだった」
「お役に立てたなら良かったです」
「それはそうと、女子にはかなり重かったんじゃないか?」
「別にそこまででもないですよ」
「ふむ、腕力もあるのか……」
「あの……乾さん、不二さん達の試合見ましょうよ……。不動峰、圧してますよ?」
さっきから私のデータばっかりとってる気がするんだけど大丈夫なんだろうか。
「ちゃんと見ているから安心するといい。しかしデータによれば不動峰はまだ不二たちを出し抜けないはずだ」
「……データ通りにいく試合を、不動峰が用意してるとは思いませんけどね」
不動峰を擁護する訳じゃないけど、言われっぱなしもアレなので軽く言い返す。どっちを応援してるのかそろそろ解らなくなってきた。
「確かに、データを上回る試合ではあるな……」
私と乾さんが会話している間も、ラリーの応酬は続く。
気迫は不動峰の方が若干勝っているように感じるけれど、この空気の流れを不二さんは変えようとしてるような気がする。
「何か、仕掛ける……?」
思わずそう呟くと、隣で乾さんが微笑んだ雰囲気がした。
そして次の瞬間、不二さんの返した打球は弾まなかった。
私は目を見開いて今起きたことを解析しようとする。
「打球が地面すれすれで、返りましたね……!」
乾さんを見上げると頷きが返ってきた。
「あれが不二のトリプルカウンターの一つ、つばめ返しだよ」
「……見た感じ、トップスピンを利用した返球ですかね?」
「正解だ。あれはトップスピンに2乗の超回転をかけて返している。さすがは一条、目が良いな」
おぉ……乾さんに褒められた……。
「ありがとうございます。あ、試合の流れやっぱり変わりましたね」
「つばめ返し1つでゲームの流れを変えたな」
「……凄いですね、不二さん」
「ああ、さすがは不二だ」
あ、なんか誇らしげだなぁ。
眼鏡をきらりとさせて試合を見つめる乾さんはどこか嬉しそうで、チームメイトに信頼されている不二さんが少し羨ましい気分になった。
「ほら、一条。次のポイントが重要だ」
「そうですねぇ、何か目を反らしたら試合に置いていかれそうで、……ッ!?」
と試合に目を戻したら、不動峰の頭にタオル巻いた人が、すっごく重そうな球を放ったところだった。不動峰サイドが『波動球!!』と叫んでいる。
「なっ、波動球……?」
「不二さん危ない!!」
例の豪速球を不二さんが返そうとしていた。でもあの腕の細さじゃ絶対怪我をしてしまう。無理に返さないほうが……でもこのポイントが重要だし……とハラハラとコートを見ていたら。
『不二どけ!!』
『河村!?』
『つあっグレイト!!』
危ないと踏んだ不二さんの相方(河村さん?)があの球を返した。
「河村が代わりに打ったが……」
「ええ、でもきっと腕、痛めてます。……試合続行は、危険かと」
「少し抜けるよ、一条」
「いってらっしゃいです、乾さん」
乾さんは救急箱を持って、ここを離れていった。
さて……問題はここで素直に棄権するのか、だけど。
試合をまだ続けたいのだろう、相方さんは大丈夫なように振る舞っているけれど、全然大丈夫じゃないことに不二さんが気づけるのか。と、じっと見つめてたら、不二さんはちゃんと気づいて、棄権宣言をしていた。
鮮やかなお手並み、さすがです不二さん。でも……惜しかったな……。
コートに目を向けると試合はすでに終わっていて、乾さんが相方さんに応急処置の手当てをしているのが見えた。もう安心だろう。
試合の余韻に浸りつつ、しばらくボーっとしていると、ふと、不二さんと目があって手招きをされた。こっちに来てってことだろうか。素直にレギュラー控えベンチの後ろのフェンス付近に行くと、タオルを被った不二さんが隅っこにいる私の方に寄ってきてくれる。
そして困ったように、力なく微笑んで私に尋ねた。
「……僕は、合ってた?」
私は迷いなく、返す。
「もちろんです。ちゃんと仲間を信頼している素晴らしい対応でした。羨ましい限りです!」
いい試合でした、と微笑むと、不二さんはほっとしたように息をつき、私の手を握った。
「ありがとう」
そう言われて視線を上げれば、ニコニコといつもの不二さんに戻っていたのでとても安心した。
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