女神と地区予選7




「あれっ、一条?」
「あ、桃くん」

引き続き、ベンチ後ろのフェンスで不二さんと話していたら、突然桃くんに話しかけられた。

「お前どこで試合見てたんだ?」
「あっちの方のフェンスで乾さんとー」
「クス……乾にまで捕まっちゃったんだ」
「一条、災難だなー!」
「……災難とは失礼だな、桃城」
「いっ、いい乾先輩っ!?」

いつの間にか乾さんが私の後ろに立っていた。私も桃くんと同じく少しぎょっとしてしまった。

気配がなかったんですが、いつからいたんですか……!?

「乾、タカさんは大丈夫そう?」
「とりあえず病院に行かせたよ。骨に異常は無さそうだ」
「そう、良かった」

ほっとしたように不二さんが呟いたので、私もどこか安心した。乾さんが言うくらいだから本当に大丈夫なんだろう。

「さて、やることもないしそろそろ元の場所に戻るとするよ」
「乾先輩、ここで見ないんスか?」
「ベンチの後ろじゃ見づらいんだ」

そう言って乾さんは踵を返した。

―――私の手を、握って。


「あ、あれ? 乾さん?」
「戻るぞ、一条」
「はあ……?」

一緒に戻りましょうってことだよね……。

断る理由もないし、と連れられて歩き出そうとしたらもう片方の手を誰かに掴まれた。

「?」
「どうして一条さんまで連れていくの、乾?」
「不二……」
「そうッスよ! 俺、一条と一緒に観戦したいッス!!」
「う、わっ。も、桃くん、横から腕引っ張らないで、乾さんも微妙に引っ張ってませんか!?」
「わりー!」
「悪いな、一条」

いや、謝ってるのに強度そのままなんですが。さらに手に違和感を感じて不二さんを見たらいつもに増してニコニコして私の手に指を絡めていた。

「恋人繋ぎ」
「あ、これ恋人繋ぎって言うんですね」

しっかり繋がれててほどけなさそうだなと思いました。

「……うん、これが恋人繋ぎだよ」
「……不二、とりあえず話を戻そう」
「ああ、うん」

どこか不満そうな不二さんではあったものの、何か言いたげな乾さんが言いたいことを抑えて話を戻してくれた。

「率直に言うと一条はここ、レギュラーの控えベンチにいない方がいい」
「……お邪魔、だからでしょうか?」

心配になってそう問うと、乾さんは首を横に振った。

「それは違う。邪魔ではなく、一条は有名だから良くも悪くも影響が大きいんだ」

要するに私のせいで試合に影響が出かねないってことか。テニスは精神面も勝敗にかかわるスポーツだ。ただでさえ異端児なのだから、たしかに、大人しく試合観戦をするべきだろう。

「分かりました、大人しくあっちで観戦しますね」
「ああ、それが良いだろう」
「それなら仕方ないか。うちには一条さんに憧れるやつも多いからね」
「えーっ! だったらコソッとこの辺で見てれば……」
「桃城。不動峰のベンチを見たらどうだ」

気になって私も目を向けたら、神尾君と伊武君がこっちを物凄く見つめていた。橘さんは何気に見つめてる感じだった。正直怖い。

「一条が不動峰と知り合いの確率87%」
「そうなの?」
「そうですね、知り合いです」
「お前スゴいな……!」

桃くんの感動ポイントがいまいち解らないが、とりあえずここにいると不動峰の皆さんの視線が痛いということはよく解った。

「じゃあやっぱり一条はここから離れた方が良さそうなのか〜」

少し悔しそうにしつつも桃くんが腕を解放してくれる。引っこ抜けるんじゃないかと心配していたところだったので、ちょっとホッとした。ふぅと息をついた途端、青学のベンチから桃くんを呼ぶ声が聞こえてくる。


「桃〜、俺のタオル知らないかにゃー?」
「あ、いっけね。英二先輩のタオル俺が持ってた! わりー、一条! 俺行くわッ」
「あっ、うん。またねー」

猫語の人に呼ばれて、桃くんは慌ただしくベンチに帰っていく。
それを見届けて、乾さんは私の手を放し、歩き出そうとした。

「さて、一条。俺たちもそろそろ行こう。1年トリオが騒ぎだす頃だ」
「あ、はい。それじゃあ、」
「一条さん」
「はい? ……って、うわぁっ!?」

まだ繋がれていたもう片方の手を不二さんにぐいっと引っ張られたせいで、急に目の前に彼の顔が現れた。距離が、近い。不二さんが私の耳元に口を寄せて囁く。

「さっきは、ありがとう」

さっき……? あの問い掛けのことかな?

「は、はい。どういたしましてです」
「……美里ちゃん」
「はい…………って、え!?」

な、名前で呼ばれた!?

驚いて思わず不二さんの方を見ると、彼はうっすらと目を開いて私を見つめていた。
これはものすごく珍しかったりするんじゃないのだろうか。

「名前で呼んでも良いよね」
「は、はあ……どうぞ……?」
「あと僕……君のこと、結構気に入っているんだ」
「それは、ありがとうございます」
「だから、はい、これ」

そう言って不二さんが私に渡してきたのは一枚の、紙。

「?」
「僕の連絡先。よかったら、たまに話さない?」

不二さんとの会話は楽しいので断るわけもなく、私は笑顔で頷いて紙を受け取った。

「ありがとうございます! 帰ったらメールしておきますね」
「ふふ、楽しみに待ってるよ。それじゃあ、乾が睨んでるからそろそろ行っていいよ」
「……別に睨んでなどいないが」
「うわわ、乾さん! すみません!」
「用事は済んだか、不二」
「うん、もう良いよ」
「では行こう、一条」
「はい。じゃあ不二さん、また」
「うんまたね、美里ちゃん」

にこにこと手を振っている不二さんに手を振り返し、乾さんについて歩いていく。

「一条は、随分不二に気に入られているようだな」
「そう……ですか?」
「何か惹き付けるものがあるんだろう」
「はあ……」
「……俺も、君と話すのは楽しい」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」

よくよく考えれば、前の世界では学校以外での会話なんてろくになかった。話したとしても内容は勉強のことがほとんどだったように思う。知らない世界で経験のないことを、色々な人と話し合えるのは私にとってもすごく楽しいことのように感じる。素直にそう思い、

「私も皆さんと話すの、楽しくて好きです」

と笑って告げたら、乾さんも笑い返してくれた。

「そうか、一条が楽しいのなら、それは良かった」




「あっ、乾先輩ー!!」
「菊丸先輩たちの試合始まっちゃいますよー!!」

乾さんと話しつつもといた場所に近づくと、おかっぱ君と坊主君が叫んでいたので、私たちは急いで試合観戦の体制に入ったのだった。



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