女神と地区予選8




「神尾くんはスピードが凄かった、海堂くんはバギーホイップショットの名手で体力は底なし。伊武くんはスポットを使いこなすセンスあり、越前くんは……天衣、無縫?」
「一条、褒めすぎじゃないか?」
「じゃあ、越前くんも高いセンスにスキルもあるから将来が楽しみ、ってところでしょうか、乾さん?」
「まあ、そうだな」
「でもまだ……なんていうか、思うようなテニスができていなさそうというか……どうなんでしょう」
「ほう……よく見ているな」
「ちょっと気になっちゃって。何にせよ越前くんは伸び代がまだまだありそうですね。そこも含めて将来に期待大です」

結局あのあとの試合はダブルス1、シングルス1、2全て青学の勝利で、青学は見事地区予選優勝を果たした。どの試合も迫力があって見ていて飽きなかったし、とても面白い試合だったと思う。冷めやらぬ興奮を軽い深呼吸で抑えて、乾さんに向き合った。

「優勝、おめでとうございます。どれも素敵な試合でした」
「ありがとう、でもここで自惚れる気はない。目指すは全国優勝だ」
「ふふ、楽しみにしています。あと試合観戦に付き合ってくださってありがとうございました」
「礼には及ばないよ。俺も君と試合を観れて楽しかったし、いいデータもとれた」
「それは……良かった、です……?」
「まあ、また機会があったら試合を観に来てほしい。連絡先は渡しておくから」
「あ、どうもです」

差し出されたメモを受け取って、そっと乾さんを見上げる。
逆光眼鏡越しに視線が合った気がした。

「次に会うときは、乾さんはフェンスの中のコート上でしょうか」
「都大会は間に合わないが、関東大会はそのつもりだ」
「乾さんのテニスも、楽しみにしていますね」
「一条の期待に添えるよう頑張ろう」

そう朗らかに話していると、夕焼けの中から桃くんがこちらに駆けてきた。勢いよく走りながらニコニコと近づいてくる。

「いーぬい先輩! これからタカさんの家で寿司パーティーだそうッスよ!」
「そうか、知らせに来てくれてありがとう、桃城」
「あ、桃くん! お疲れさま、優勝おめでとう!」
「サンキュー、一条!」
「今から打ち上げなの?」
「おー、寿司食いにいくんだ! 一条も行くか?」
「うーん、嬉しいお誘いだけど、私は遠慮しておこうかな」

さすがに今日会ったばかりの私がそんな仲間内のパーティに参加していたらかなり気まずいだろう。そのあたりの空気はちゃんと読めるタイプのつもりだ。
断りを入れると桃くんは「じゃあまた今度な!」とカラリと笑ってくれた。

「桃城が呼びに来てくれたという事は、そろそろ行かなければならないかな。一条、気をつけて帰ってくれ」
「はい、今日は本当にありがとうございました、乾さん、桃くん。不二さんにもよろしく言っておいてくださいね」
「ああ、伝えておこう。こちらこそありがとう、またぜひ一緒に観よう」
「じゃーな! 一条!」

にこやかに手を振って、乾さんたちの元から立ち去った。みんな優しくてとても良い時間が過ごせたと思う。素直に、青学を応援することが出来た。

頑張って勝ち上がってほしいな〜。





*****





さて帰ろうと一人で歩いていたら不動峰ご一行様に出会った。

「あっ、一条さん?」
「神尾くん! わ、皆さんお揃いで……お疲れさまです!」
「ああ、ありがとう一条」

神尾くんが声をかけれくれたので、パタパタと不動峰の集まりに近づく。なんて遭遇率がいいのだろう、今日という日の半分くらいを一緒にいる気がしてきた。

「一条、一人なのか?」
「あ、はい」
「青学は?」
「今から打ち上げだそうなのでお邪魔になる前に帰ろうかと」
「そうか……じゃあ俺達と一緒に帰らないか?」
「え、ご迷惑じゃないですか?」
「別に構いやしないさ。な?」

そう言いながら橘さんが不動峰の皆を振り返ると、皆笑顔で頷いてくれた。

「あ……でしたら、お言葉に甘えて。ありがとうございます」

大人数で帰るのなんていつぶりだろう? そう考えると嬉しくて自然と笑顔でお礼が口から出たのだった。




「ねえ、名前はなんていうの?」
「一条美里です。ちなみに中2です」
「あっ、同い年なんだ! 私は橘杏、よろしくね!」

杏でいいよ、と可愛らしい女の子が手を差し伸べてきたからしっかり握る。柔らかい掌にはいくつかマメのような皮膚が固いところがあって、この子の手もテニスをしている手だなと漠然と思った。

「よろしく、杏ちゃん」
「杏ちゃんは橘さんの妹なんだよ」
「そっかだから名字同じなんだね。……あ、神尾くん」
「うん?」
「試合、お疲れさまでした。凄く足速いんだね、びっくりしたよ」
「おっ、おう! ありがとな」
「でもその分スタミナ切れるの早いよね。だから青学に負けるんだよ」
「あ、伊武くんも、お疲れさまでした」
「……どうも」
「スポット初めて見たよ、感動した!」
「どこで感動してるの。一条さんて不思議だよねまったく」
「深司は素直にお礼を言えよ……」
「うるさいな、神尾。今から言おうとしたんじゃないか」
「ハイハイ、2人ともその辺にしないと美里ちゃんが困っちゃうし、お兄ちゃんに怒られるよ?」
「「…………」」
「ふふっありがとう、杏ちゃん」

この二人を黙らせるなんて、杏ちゃんはしっかり者だと感心した。気さくに話してくれるし、いい子なんだろう。女の子の友達が出来たことが素直に嬉しくてニコニコ笑っていたら橘さんが振り返った。

「ところで一条、不動峰の試合はどうだった?」
「うーん、そうですねえ……」

唸りながら今日の試合を思い出す。

「全体的に個人のレベルが高くてセンスもあるかと……。特にシングルスの人達が凄かったですねぇ。あとは頭にタオル巻いた人の……波動球?が目に焼き付いていますが、体への負担が心配です。あとは……ダブルスの強化が進めば、もっと強くなると思います、って感じでしょうか。……なんか生意気言ってすみません」
「いや、そんなはことないさ。良い意見だ」

考え考え言葉を紡ぎつつ、聞いてきた張本人を見上げれば、彼は微笑んでいたので安心してその先の言葉を続ける。

「でもどの試合も青学に食い付いていて、良い試合だったと思います。私は、不動峰は全国に行くと、思ってます」

そう言葉にすると、どこからともなく息をのむ音が聞こえてきた。
一瞬の沈黙の後、橘さんは物凄く嬉しそうに破顔して私の頭を撫でた。

「ありがとうな、一条。そうだな、俺達は全国にいくつもりだ」
「信じてますよ」

にこっと笑っておいた。
そんなやり取りを終え、ふと横を見ると神尾くんが泣きそうな顔で私の手を握ってきた。謎の握手だ。どうしたんだろうと聞きたくて伊武くんの方を向いたら「こっち見ないでくれない?」とそっぽ向いてしまった。なんという塩対応。私、何かしただろうか。

「あ、あれ? 2人ともどうしたの……?」
「ふふふ、気にしないで。美里ちゃんいい子だね〜! もっと色々話したくなっちゃった!」

杏ちゃんは私の頭をなでながらじゃれてきた。可愛い。あと嬉しい。
そんなこんなでその後、不動峰の皆さんと自己紹介を交わし、連絡先も交換して素敵な帰路になった。





*****





日記、日記……っと。

日記を手繰り寄せて、今日あったことをまとめる。
不動峰の人達と青学のレギュラーの人たちの一部と出逢ってそれから……とまとめていると、気づいたらテニスの話でノートはいっぱいになった。

本当、変なの……私自身はテニスの知識なんて皆無だったはずなのに。


テニスの試合を見れば、その技術や知識を思い出す。その代わり、「テニスの王子様」の記憶が消えていく。
気づいた仕組みはこうだった。まあ正直、消えてくれても構わない。変な詮索は苦手だし、ここに生きてる人たちを「キャラ」として捉えたくないから好都合だ。

日記をまとめ終え、携帯を見るといくつかメールが届いていた。不二さんや乾さん、そして何故か桃くんからもメールがきていた。あれ、桃くんに連絡先教えたっけ、私。少し気になったものの細かいことは気づかぬふりをして、返信を返した。



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