跡部さんペースに呑まれる電話
お昼休みに、携帯が着信を知らせた。でもそれは知らない番号で。
これは……怖いからシカト。と思ったところで一回切れて、二度目の着信があったから流石に知り合いだろうと思って出てみたら、
『あーん? 一条か? 俺様だ』
と、まあ数日前に聞いた特徴的な声で独特な挨拶が返ってきた。オレオレ詐欺ならぬ俺様詐欺でしょうかこれは。
ということで色々あった地区大会から3日後のお昼、私は今、屋上で跡部さんと電話をしている。
「あ、お久しぶりです跡部さん?」
『何で疑問形なんだ、アーン?』
「いや、俺様だって言われただけじゃ跡部さんかどうかわからないですよ……。跡部さんでいいんですよね?」
『そうだ。あと何で1回目で出なかった?』
「すみません、番号登録してなくてですね……」
『この前電話したんだからちゃんと登録しておけ』
え、もう電話することはないと思ったんですが……!?
「はあ、解りました」
『それから、お前のアドレスは登録してあるから後でメールを送る。こっちも登録しておけよ』
「はあ、解りまし……って、はい!? い、いつの間に私のアドレスを!?」
『この前井上さんの取材を受けたついでに訊いた。保護者の了承は取ったんだ、安心しろ』
いやいやいやいや、跡部さん。
そういう問題じゃないと思います。というより本人の了承がないじゃないですか。
そもそもおじさんは何で教えたの!?
色々疑問も言いたいこともあったけれど、でもきっとこの人に一般常識だとかは通じなさそうなので素直に諦めることにした。
『……一条、お前何か失礼なこと考えてねぇか?』
「そ、そんなことないです、大丈夫ですメールの件了解です」
『そうか、じゃあいい』
「そういえば、取材は無事に終わったんですね。良かったです」
この前はなんか疲れてそうだったからなぁ……。
体調の方は大丈夫ですかと訊いたら、小さな微笑み交じりで『問題ねぇ』と返ってきたからもう解決したんだろう。何があったのかは知らないけど、跡部さんが元気そうで何よりだ。そんなことを考えていたら、彼は突然、謎の単語を発した。
『ラ=ブリュメール』
「?」
『だから、ラ=ブリュメールのチョコレート』
「……はい?」
『食べた中で一番美味かったからお前の家に送っといてやるよ。……まぁ、礼だ』
「え、私、何かしましたっけ……?」
『気にするな、何も考えず素直に受け取っとけ』
「え、あ、じゃあ、ありがとうございます」
『フン、楽しみに待ってろ』
「ラ=ブリュメール」といえば有名な洋菓子店のはずだ。そこのチョコレートをほとんど見ず知らず状態の私に贈ってくれるなんて、何て心の広い人だろう。
この際、どうして住所を知っているかは気にしないことにした。
『そういや、うちのテニス部は都大会出場が決まったぜ』
「それは、おめでとうございます!」
チョコレートの事を考えていたら、跡部さんのさらっとした発言により突然話が飛躍した。驚きつつ跡部さんのチームも強いんだなぁと感心していると、それはそれは詰まらなさそうな声色で返事が返ってくる。
『まあ、当たり前の事だがな』
「それでも、凄いです。当たり前を当たり前にするにはそれ相応の努力が必要なんですから」
『……そうか』
「ですから、当たり前を守った跡部さんは凄いです。とりあえず、お疲れ様でした。これからも頑張ってくださいね!」
『………』
「……跡部、さん? あ、もしかして私、また失礼な事言いましたか……!?」
『……くくっ、そんなんじゃねぇよ。相変わらず変なこと言うお嬢ちゃんだぜ』
「はい!?」
『まあ、見てろ。俺様は当たり前を越える。手に入れるのは全国優勝だ』
「それはまた……大きく出ましたねぇ」
『アーン? 信じてねぇのか?』
「そんなこと言ってません。跡部さんが優勝旗を掲げるの、楽しみにしてますよ」
ふふっと笑ってみせた。
夢を持っている人はキラキラしてて良いなぁと思う。そしてそういう人は強い。
跡部さんはきっと素敵な試合をするのだろうから、少し見に行ってみたいなと思った。
すると、「気が向いたら関東大会を観に来い」と言われたんだけど、もしかして跡部さんは読心術でも得ているのだろうか。そして都大会は踏み台ですか。
どこから突っ込んだらいいのか分からず、私の口は「暇があったら観に行きます」とこぼす外なかった。何て可愛くないことしか言えないんだと自分に呆れていると、ちょうど昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「あ、すみません、チャイムが鳴ったのでそろそろ切りますね」
『ああ、午後からの授業寝るなよ』
「普通に寝ませんよ! ちゃんと受けます!」
『そうか、ならいい。じゃあ、またな、美里」
「はい、また……って、え!?」
堪えきれずにこぼれたような、くつくつと愉しげな笑い声と共に電話は切れた。
……最後のあれ、名前で呼んだよね跡部さん。
どういう心境の変化かは知らないけど、素直に名前で呼ばれておこう。多分あれだ、ちょっと仲良くなったんだ多分。多分を連呼することで気持ちに整理がついた。
跡部さんとの会話は本当によく分からない。ていうかあの人の中で私はどんどん「変なこと言う女」になってないだろうか。悶々と考えていると大事なことを唐突に思い出して、私は一目散に駆け出した。
やばい!授業〜〜〜〜ッ!!!
*****
「くくっ……相変わらず面白ぇな」
携帯を閉じた後も笑いが止まらない。こんなところは是非とも忍足辺りには見つかりたくないものだ。
この俺様が、会ったこともねぇ女に興味持つなんてな。
基本的に女は嫌いだ。
まとわりつく雌猫どもは鬱陶しいし、キャーキャー騒がれるのも嫌いだから。
でもアイツはそんな素振りも見せねぇし……。
その辺の女は俺の声を聞いただけで猫なで声を出しやがるのにアイツは……美里は、そんなことはない。いつもスッと通るような落ち着いた声で、言いたい事はハッキリと話すところに好感が持てる。
そもそもアイツとの会話自体が楽しいのだ。権力だのプライドだの媚びだのに全く縁のない美里の言葉は素直で心地良い。だからついつい電話してしまった。もう一度、会話してみたいと思ったから。
次は何の用事で電話してやろうか……その前にメールか。
携帯を見つめながら、自然と笑みが溢れた。
「あっれー? 跡べーがいるC」
「アーン? ジローお前サボりか?」
「今からお昼寝だCー。跡べーも屋上にいるってことはサボりなんでしょ?」
「ああ、まぁな」
「じゃ〜一緒だC! だから叱らないでね!」
「別に叱りゃしねぇよ」
「跡べー、なんか嬉しそう? ていうか楽しそう〜?」
「……は?」
「雰囲気が……やわら……か…………」
「おいジロー……って、もう寝てんじゃねぇか」
寝たジローにジャケットを掛けてやり、俺はベンチに座る。
気づいたら、携帯を大事に握ってる自分がいて思わず苦笑した。
楽しそう……か。
思ってる以上に俺は、美里に興味があるのかもしれないと漠然と思った。
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