彼女の印象(side:伊武)
第一印象は髪が、サラサラ。
振り向き際にサラッと髪がなびいて、一体どんなシャンプーとかリンスとかトリートメントを使ってるんだと訊きたかった。
だってほら、俺も髪サラサラな方だしそういうの気になるっていうかまぁ若干のジェラシーだけど。
……とにかく、頭上はストンとまとまっていて下の方はおそらく癖毛を誤魔化すために巻いたのであろう、くるくるフワフワとしていたあの髪が俺的にストライクだったのは事実だ。認めよう。
そして振り向いた後の第二印象も―……
*****
「あれ、伊武くん?」
ドラッグストアで見掛けたあの子、こと一条美里さんは初対面と変わらないきょとんとした顔で振り向いた。
そう、シャンプーとリンス、トリートメントを両手いっぱいに抱えて。
「わぁー、こんなところで会うなんて偶然だね!」
「……うん、本当によくできた偶然だよね」
「伊武くんもシャンプーとか見に来たの?」
「まぁうんそんな感じ」
普通に受け答えてはいるがやはり気になるのはその大量の、髪の毛用品。
いったい何種類、髪に塗り付ける気なんだろうこの人は。
「ていうか一条さん、何それどうしたの?」
「昨日の夜ね、シャンプーとかリンスとか一気に使いきっちゃって……。今日はまとめ買い」
「なに? ストレスでも溜まってたの?」
「髪の毛的にね……」
髪を一房掴んで、昨日の日射しの強さに髪が焼けて痛んじゃって、と彼女は困ったように微笑んだ。よく見てみると、確かにいつもしっとりしている彼女の髪に今日は潤いがない気がする。
「あぁ……本当だ、パサついてるね」
「でしょう? やっぱりリンスとか沢山塗りたくったからって簡単に潤いが戻るわけでもなくて……」
「まぁ戻る場合もあるけどさ……あ、そうだ、蒸しタオルとかやってみた?」
「蒸しタオル?」
「そう。髪の毛をトリートメント塗った状態で、熱湯で温めるかレンジで蒸したタオルに包んで暫くそのままにしておくと割りと髪に艶が戻りやすいよ。その後は普通に流すだけだし、あんまり手間かからないからオススメだけど」
「…………!」
俯きかげんにダダダッとそう述べると、一条さんからは返事が返ってこなかった。チラッと顔を見ると、彼女の表情はまさに、きょとんとしている。
あ、しまった……クラスの女子に「男に美容関係語られるのって苦手」みたいなこと言われてたのに。語っちゃったよ。饒舌に。まぁだからと言って一条さんに煙たがられようがどうだって良いけど……やっぱちょっと嫌だな、何でこんな気分なんだよ。
今日は頭があまり回っていないのかもしれない。
だから変な考えに及ぶんだとまとまらない思考のまま顔を上げると、さっきとは打って変わっていやにキラキラした顔の一条さんと目が合った。
「す……凄いね!!」
「は?」
「いや、だって凄い髪の毛のケアに詳しくてびっくりしたよ! よくよく考えれば伊武くんの髪の毛綺麗だもんね……!」
惚れ惚れするかのように、彼女は見つめた。俺本体ではなく、俺の髪の毛を。
「私、一応女の子なのに雑誌とか立ち読みで済ませちゃうから、そういう美容関係の知識なくてさ……。だから、凄い憧れるよ伊武くん、いや、むしろ伊武先生!」
真っ直ぐと、向けられた称賛が妙にくすぐったい。
一条さんに煙たがられるとか考えた俺が馬鹿馬鹿しい気分になる。と、同時にふつふつと笑えてきた。
何でこの子、こんなに真っ直ぐなんだよ……天然?
とうとう一条さんは大量の髪の毛用品を放置し、どこからともなくメモを取り出した。いや、どこから出したの、それ?
「えーと、蒸しタオルか熱湯で温めたタオルを……」
「ふっ……く……くく……っ」
「……ん? い、伊武くん……もしかして笑ってる……!?」
「な、何でそんなに真剣に……っ、メモとってんのさ……!」
「忘れないように?」
「そんな意味じゃないし……っはははは!」
「いいい伊武くん!?」
なぜだか笑いが止まらない。どうした、俺。
一条さんには悪いけどひとしきり笑わせてもらった。だって何でそうこの子は簡単に何でも素直に受け入れられるのさって。初対面からそうだ。この子は不動峰を、俺達をあっさりと信じた。ただ単純に信じた訳じゃなくて、彼女なりの考えをもってだ。
それって簡単に出来そうで、簡単には出来ないことだよね。
「あー笑った」
「伊武くんでも笑うんだね」
不貞腐れたようにジトっとした視線をよこしながら彼女は言う。
「そりゃ、あまりにも一条さんが……」
「私が……?」
「……いや、何でもない」
「はい!? あと何そのいい笑顔!」
「まぁ気にしないでよ」
明らかに彼女の顔は、気にするよ! と言っていたがスルーしておいた。
そんな顔をしつつ、空気を読んだのか追及する気がないのか彼女は突然提案を切り出す。
「じゃあ、代わりにシャンプー選び手伝ってよ」
「……は?」
「私、多分お取り寄せのシャンプーだったんだけど、メーカーとかよく解んなくて新しいの買えなくて」
「あー……で、市販のにしようとしたら種類多くて分かんないみたいな展開?」
「ビンゴ」
彼女は困ったように「しまったなぁボトル捨てちゃったしなぁ」と呟いた。
なるほど、だから最初彼女は大量の髪の毛用品を抱えてたのか、とここにきて謎が解ける。
そうと分かれば、俺はズラッと商品が並ぶ棚を見上げて白いボトルを手にした。
「オススメはこれかな。結構しっとりするから、癖毛に良いと思う」
「おぉー、流石に選ぶのも早いね! ありがとう伊武くん、これ買ってみるね」
一条さんは俺の差し出した白いボトルを寸分の迷いもなく受け取り、嬉しそうに笑った。
ああ、やっぱり笑顔が綺麗な子だな。
見とれたのは、秘密。
*****
「ところで伊武くんはどのシャンプー使ってるの?」
「俺は母さんが取り寄せたの使ってる」
「え、やっぱりお取り寄せ!?」
「だって……市販のってすぐパサつくし」
ちら、と彼女が買ったボトルに視線を寄越せば。
「も、もしかしてこれもそんなに良くない……?」
「中の下、市販の中では良い方だと思うけどね」
「中の下って微妙だよね……!?」
「しょせん市販。されど市販。大丈夫大丈夫」
「うーん、なんだか微妙な気分……」
やっぱり取り寄せようかな、でもこれ使ってから考えよう。そう自己問答に決着をつけた一条さんを見ていると、なぜかあたたかい気持ちになる。
シャンプーやリンス1本如きでここまで必死な彼女を不覚にも可愛いと感じてしまったのかもしれない。
第一印象は、髪が、サラサラ。
そして、第二印象は、真っ直ぐで可愛い子。
俺と正反対のものを持っている彼女に、引力のように惹かれるのを感じた春の日のこと。
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