『お母さん』を求めた夜道
冷蔵庫を覗いたら夜ご飯の材料が何もなかった。昨日使いきったんだった。
週末は植物園に行ったり、地区予選を観に行ったりで忙しかったからお買い物のことをすっかり忘れていたのだ。
仕方がないので普段着に着替え、マンションを出ていつものスーパーへと向かう事にした。
結構暗くなってきてるなぁ……早めに買って帰ろ。
手際よく食料品を選んでカゴに入れていると、美味しそうなポッキーを発見したのでちゃっかりカゴに入れておいた。お会計を済ませて、何となく小腹が空いたので、スーパーの入り口付近でポッキーを開ける。
その瞬間、赤毛の4、5歳くらいの男の子とバチッと目があった。
「……」
「…………」
そのまま見つめ合うこと数秒後。
「マーマーッ! おれもこれほしいーーッ!」
少年は突然わめきだした。
ちょっ……え、これってこれだよねポッキーだよね?
どうしたもんかと若干アワアワしながら少年を見つめている横で、少年のお母さんは「えーダメ。もう買い物終わったでしょ? 帰るよ!」と呆気なく歩き出してしまおうとしていた。当然わめく、少年。
これは……私のせい……!? いや違うポッキーだ元凶はポッキーなんだ。
早い話、少年にポッキーを与えれば全ては丸く収まる。はずである。
ということで私はしゃがみこみ、にこやかに少年にポッキーを差し出した。
「はい、僕。これで良ければあげるよ?」
「え……いいの? おねえちゃん?」
こちらを見上げてこてんと首をかしげる少年がぐうの音も出ないほど可愛い。心を鷲づかみにされた。
「うん。お姉ちゃんは他にお菓子あるから、これは君にあげる」
だから笑って、ね?
そう微笑みかければ少年は満面の笑みを浮かべてくれた。これで一安心である。
「うん! ありがとー、おねえちゃんっ!」
「あ、こらヨウ太ったら……! すみません、あなたのお菓子なのにうちの子が……」
「お気になさらないでください。私は沢山お菓子ありますし、私より可愛いらしいこの子に食べてもらった方が、ポッキーも喜びますよ」
そう笑うと少年、ヨウ太君(多分)のお母さんもほっとしたように笑ってくれた。
「じゃあ、すみませんがお言葉に甘えて……本当にありがとうございます。あっ、もうこんな時間! 行くよヨウ太」
「うんっ! じゃあね、おねえちゃん! ありがと!」
「じゃあね、ヨウ太くん?」
「うん、ばいばーい!」
「ばいばーい」
ヨウ太君(確定)は手を振って、お母さんはお辞儀をしながら去っていったのだった。
おお……! なんかいいことした気分!
*****
ヨウ太君の元気な声が頭の中に残っている帰り道、周りはもう暗いけれど私はゆっくりと歩いている。
お母さん……かぁ……。
前の世界では、いるようでいなかった。さっきのヨウ太くんのお母さんみたいな、ニコニコしてて優しそうなお母さんは、いなかった。うちにいたのはしかめっ面で勉強の話しかしない人格否定の毒親。ことあるごとに、暴力。人はそれをスパルタ教育と言って正当化した。
あーあ。嫌なこと思い出しちゃったなぁ……。
いや違う、本当は羨ましかっただけなんだ。久々に見た家族像に憧れただけで……。
行き詰った感情の出し場がなくて、ふう、と私は軽く息を吐いた。
「気分転換でもしますか」
そうひとりごちて、いつもと違う道を歩き出す。私がどんなに遅く帰ろうと、心配してくれたり怒ってくれる人はいなかったし、今もいない。こっちの世界の私に親はいないから状況的には同じようなものなのだ。
あ、でも守おじさんは怒ってくれるかな?
相変わらず出張とかであまり帰ってこないけど、メールは毎日届く。内容は当然、私が元気かどうかとか戸締りに気を付けろとかそういった類いのものだ。守おじさんは、まるで親のようである。でもそう思っていいのか、私にはいまいちよく分からない。まぁここにいるわけじゃないし、怒られないよねーとくすっと笑って、さくさくと夜道を歩いていたら。
突然、夜闇から肩を掴まれた。
「…………ッ!?」
は?
うそっ、ち、ちちち痴漢!? 変質者!!?
突然のことにびっくりして怖くて、体が固まる。こういう時どうしたらいいのか全く思い出せないし、怖すぎて声も出ない。体も動かない。詰んだ。
しかしながら、耳元でかけられた声は聞いたことのあるものだった。
「一条お前っ、何でこんな時間に出歩いてんだよ!!」
そのままぐいっと肩をひかれ、怒ったような、でもどこか心配そうなサラサラのポニーテールさんに顔を覗き込まれる。
「し……、宍戸さん……?」
「……おう?」
ホッとした私の膝の力が抜けて、思わずへたり込んだのは言うまでもない。
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