叱ってください




「なんつーか……悪かったな」
「い、いえ、私の方こそ手間をお掛けしてしまってすみません!」

例の夜道ドッキリみたいなのを宍戸さんに仕掛けられて、ビビってその場にへたり込んでしまった私を、心優しい宍戸さんは近くの公園まで運んでくれた。もちろん、おんぶで。申し訳なさすぎる。

「ほらよ。オレンジジュースで良かったか?」

そう言って宍戸さんはわざわざ自販機で買ってきてくれたジュースを私に差し出した。

ってか足、早すぎません? さっきまでそこにいましたよね??

「何から何まですみません! ありがとうございます!」
「いいって。まあそもそも驚かせちまった俺が悪いしな。もう大丈夫か?」
「あ、はい動悸は大分収まりましたし、もう立てると思います!」
「そんな慌てて立つなって。後でちゃんと送ってやるからしばらく休憩してろよ」
「す、すみません……ありがとうございます」
「おう」

「一条さっきからすみませんとありがとうございますばっかりだな!」と笑われてしまった。
いや、でも宍戸さん。本当に申し訳ないというかそれしか言えないです。

私がオレンジジュースを飲んで落ち着いたところを見て、宍戸さんは少し厳しい口調で話を切り出した。

「……ところで一条、お前何でこんな夜遅くにあんなとこにいたんだ?」
「か、考え事をしながら歩いてたら……遅くなっちゃって」
「つーかお前の家の方向じゃなかっただろ、あそこ」

……あれ、私もしかして知らず知らず道に迷ってた?

「……そう、だったんですね」
「……自分が迷子だって気付いてなかったのかよ」
「はあ、そうみたいですね」

あははと困ったように笑ったら宍戸さんは、はあーっと大きくため息をついた。

「家出かと思って焦ってつい声かけちまっただろ! ったく激ダサだぜ」
「す、すみません?」
「違ぇんだよな?」
「あ、はいもちろん家出じゃないです。これから帰ってお家でご飯の予定です」
「それなら、良い」
「はあ」

顔をあげた宍戸さんは困ったように笑っていた。
ため息をついたり困ったり笑ったり、今日の宍戸さんは不思議だな。

「宍戸さん、何かあったんですか?」
「は?」
「あ、いや……この間より表情豊かというか……何か情緒不安定に見えるというか?」
「それはお前のせいだろ!  ……それ以外は何でもねーよ。いつもこんなだぜ」
「何にも無いなら良いですが……」
「………」
「…………」
「……ッあぁあ! そうだよもうすぐ都大会始まるからちょっと気が立ってんだよそんだけだ!!」
「派手に自爆しましたね……!」
「お前が無言のプレッシャー掛けるからだろーが……」
「? 別に普通に黙ってただけですが……?」
「だからそれがプレッシャーだっつーの!  とにかく、そういうことだ」
「はあ……、とりあえずもうすぐ都大会なんですねぇ」
「そうだ、確かあと2週間後ぐらいのはずだぜ。見に来ねーのか?」
「んー……お暇があったら見に行きます。宍戸さんの試合は何時からです?」
「……俺の試合は別に見に来なくてもいいぜ」
「え、……あ! 私もしかして差し出がましい真似を!?」
「いや、そうゆうんじゃねーから!! ……ただ、別に大したことない試合だから一条が見るまでもねえっつーか」

言いながら宍戸さんは少しつまらなさそうに目を反らした。

試合……つまらないのかな? それとも当たり前が重い……とか?

私はどことなくこの前の跡部さんとの電話を思い出した。『当たり前』を保つのは難しいけれど、簡単な『当たり前』はいつか積み上げるのがたるくなる。
その、渦の中にいるように見えてしまって、思わず、呟いた。

「つまらない試合にも学ぶ事は沢山あると思います。大したことない相手は今度は大した相手に変わっているかもしれません」
「…………?」
「だから、」

宍戸さんにぐっと近づいて、不敵に笑ってみせた。

「今年はダークホースもいることですし、油断してると足元掬われちゃうかも……ですよ?」
「……ッ! わ、かってるぜ、んなこと!!」

宍戸さんはなぜか面食らったように真っ赤になりながら叫んだ。
言いすぎて怒ってしまったのだろうか。でも彼をとりまく雰囲気はとても柔らかく優しげで、やっぱり怒ってはいなさそうだ。

「なら良いです。試合、頑張ってくださいね!」
「……おう、まあ、頑張るわ」

サンキューな、と照れ臭そうにそう言って、宍戸さんは立ち上がった。
そっぽを向きながらも座っている私に手を差し出してくれる。

「ほら、帰るぞ」
「あ、了解です!」

素直にその手に助けてもらって立ち上がり、手を引かれて歩き出した。
これで暗いところでも転ばない。さすがは宍戸さん、気の利かせ方がお兄ちゃんそのものだった。





*****





「着いたぜ」
「すみません、わざわざ遠回りしていただいて。ランニングの途中だったんですよね?」
「ランニングなんだから距離増えた方が良いだろ。気にすんなよ」
「ありがとうございました」
「あ、あとお前」
「はい?」

宍戸さんは不意に怒ったような表情になって、

「もうこれからはこんな遅い時間に出歩くなよ! 女が一人で暗闇歩いてたら危ねーだろ!」と私の頭を小突いた。

……怒って、くれた……。

「…………」
「大体な、色んな奴が心配すんだろ。あんまりそういう心配かけさせるなよな! 俺も、お前に何かあったら嫌だしな」

しかも心配もしてくれた……。

ああ、こんなにも近くに怒ってくれて、心配してくれる人がいた。私はそんなことにも気が付かなかったのか、バカだな。
何故か少し泣きそうになったのをぐっと堪える。

「ごめんなさい。これからは気をつけます」
「おう!」

反省の色を見せた私に満足したのか、宍戸さんはニカッと笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃしてきた。

「ちょっ、やめてくださいよ宍戸さん!」
「夜出歩いた罰だ」
「宍戸さんだって同じじゃないですか!」
「お前と違って男だからな」
「ちょっとそれ差別ですよー!」

あははと二人で笑いあったら、とてもスッキリとした。
それだけ。
きっと、その一言が欲しかっただけなんだ。



一通り笑いあったら、宍戸さんは帰るわ、とこちらに背を向けた。

「じゃあ一条、またな! 戸締まりしっかりしろよ!」
「はい、了解です! 本当にありがとうございました!」

立ち去る宍戸さんに手を振って、私も家に帰った。



「あ、守おじさん? 今家に帰ったところです」
『今!? 駄目じゃないか美里ちゃん! あれほど夜は出歩くなと―……』

延々と続きそうな守おじさんのお説教を聞きたくて、わざと電話してみたことは言うまでもないだろう。



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