かっちょいい『兄ちゃん』
右手にちびっ子、左手にもちびっ子。
まさに両手に花状態でそれぞれの方向に手を引っ張られながら、ちびっ子たちの子守りをしているが、どのくらいの時間がたったのだろう。公園を染める夕焼け色が深まってきている気がする。
夕焼けに気をとられていたら片方のちびっこが勢いよく駆け出した。
「おねーちゃーん! こっちこっち!!」
「美里ねーちゃん! つぎはシーソーしようぜ!」
「はいはい、分かったからそんな急ぐとコケ、」
「っぅわあーーん!!」
「あっ、ヨウ太がころんだ!」
「……しまった、言ったそばからコケちゃった」
「おねーちゃんんんん!」
転んでも健気に立ち上がったちびっ子こと、ヨウ太くんがこっちへ全力で走って来てその勢いのまま私の腹部に突進、いや抱きついてきた。5歳児とはいえ重みがやばい。内臓が出るかと思った。
「ぐふっ、……ほーら、痛くない痛くない。ヨウ太くんは男の子だもんね? 強い子だもんね?」
「……ん」
「じゃあもう泣かないよね?」
「……うん!」
「よし、強くてえらいヨウ太くんにはお姉ちゃんが作ったクッキーをあげよう!」
「クッキー!? やったぁ!!」
「えー! ヨウ太だけズルい!!」
「ふふ、ちゃんとケン太くんの分もあるからね」
「やっりぃ!」
「じゃあそこのベンチに座って食べようねー」
ベンチに腰掛けつつそう言うとちびっ子たちは大人しく私の横と膝の上に座ったので、私は2人にクッキーをあげて一息つく。
ヨウ太くんにポッキーをあげた月曜日以降、あのスーパーに行く度によくあの親子に出会うもんだからすっかり顔見知りになってしまった。しかも3回目に会ったときにヨウ太くんのお兄ちゃんのケン太くんも一緒で、あのお母さんがすごく大変そうに買い物をしていたから子守り役を買って出たわけだ。
すぐにちびっ子2人に懐かれてとても嬉しかったのは言うまでもない。スーパーの近くの公園で2人と遊んでるだけだし、私暇だしなんという役得。ちびっ子たちは可愛いから子守りだってどんとこい。という訳で土曜日の夕方、私は公園で遊び回ってるわけです。
「おねーちゃんコレおいしい!」
「それは良かった。ありがとう」
「美里ねーちゃんが俺の家にいつもいてくれればいいのに!」
「それは……楽しそうだけどお姉ちゃんにもお家があるから無理かなぁ」
「ちぇっ」
「でもおねーちゃん、俺の兄ちゃんかっちょいいからきっと家に来たくなるよ?」
「そ、そっかぁ。お兄ちゃんかっこいいんだ?」
「うん!」
「テニスすっげぇ強いんだぜ!」
「テニス、かぁ……」
それによく遊んでくれんだ! とニカッと笑うケン太くんに、良いお兄ちゃんだね、と微笑む。
お兄ちゃん……どんな感じなんだろうなぁ……。
前の世界もこっちの世界もお兄ちゃんはいないからちょっと憧れる。イメージ的には橘さんや宍戸さんに近いのだろうか。
ぽやーっと考えていたら、突然膝の上に座っていたヨウ太くんが大きく手を振りだした。
「ブンにーちゃーーん!!」
そう呼ばれた赤毛の少年がこちらに気付き、えっ? という表情になる。
「おわっ、ヨウ太にケン太!? ジャッカルわりぃ、先帰っていいぜ!」
「ああ、弟たちか。じゃあまたな」
「おう! じゃーなっ」
そう言って赤毛の人がスキンヘッドの人と別れてこちらに駆けてくる。
私たちが座っているベンチの前まで来た彼は、ジッと私を見つめた。その瞬間、バチッと目が合う。
大丈夫かな、すごい胡散臭そうにこちらを見ているぞ……?
「お前は、なに?」
「あー……えっと、初めまして。ヨウ太くんとケン太くんのお友達の、」
「美里ねーちゃんだぜ!!」
「です。一条美里といいます」
「……」
「……あの?」
「そっか、お前が美里ねーちゃん……か」
「え、あの普通に美里で良いですよ? というかむしろ苗字でも構いませんが……?」
「え? あ、わりィ。名前イヤだったか?」
「いえ、そうではなくて……女の子に名前呼びするの、そんなに好きじゃなさそうだったので、つい」
そう告げると赤毛さんは不思議そうな顔をして黙り込んだ。
しまった……また言い過ぎた……つい警戒心とか感じちゃうんだよなぁ。反省。
やってしまったことはしょうがない。気を悪くしていないといいけど、と思いながらも赤毛さんを見つめると、彼は真剣な表情で私の名前を口にした。
「美里」
「……はい?」
「弟たちもそう呼んでるし、俺も美里って呼ぶわ!」
「あ、はい……それはどうも。ところで、この子たちのお兄さんだったんですね」
「え、そっか俺まだ名前言ってなかったか。俺はそいつらの兄ちゃんの立海大附属中3年の丸井ブン太だぜ! シクヨロッ!」
激ダサに次ぐ衝撃だ……!
「し、シクヨロです!」
「え?」
「……え、流行語とかかなって?」
「ぶっは! お前面白ぇな!!」
「え、え? そんなに笑うことです? ま、丸井さん?」
「あ、俺のことも名前で良いから! あと美里って確か中2だったよな?」
「そうですよ」
「そっか。じゃ改めてシクヨロ!」
とにかく笑いながら赤毛さ……ブン太さん、は手を差し出してきたので握っておく。かわいらしい見た目に反して手はごつかった。そういえばテニスをやっているんだっけ。
握手に満足したらしい彼はヨウ太くんたちのお菓子に視線を移した。
「それにしても、ちびたちうまそうなの食ってんなー」
「まだ沢山ありますよ。ブン太さんも食べます?」
「おっ、マジで!? 食う!」
そう言いつつブン太さんは私の隣にドカッと座ってクッキーに手を伸ばした。
遊び疲れたヨウ太くんたちはいつの間にか、すやすやとおねむモードに入っている。
「おー、これうまいな!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
「部活終わって腹減ってたからちょうど良いぜ」
サンキューな、と言われたからなんか嬉しくて、どういたしまして、とにこっと返しておいた。そしたら微妙に触れているブン太さんの肩がビクッとなった。何でだろう、クッキーが喉につまったのかな。え、気になる。
「あの、ブン太さ、」
「美里ちゃーん! ヨウ太ー、ケン太ー!!」
急に静かになったブン太さんに何かあったのか聞こうとした途端に、彼らのお母さんの声が聞こえてきた。その瞬間、ちびっ子2人がものすごい勢いで起きる。
「あっ、ママだ!!」
「ママー!!」
「はいはい、帰る支度しなさいね。美里ちゃんいつもごめんね」
「いえ、良いですよ。私も楽しいですし! あ、これ良かったらクッキー持って帰ってください」
「まあ、何から何までありがとう」
「どういたしまして!」
「やったおねーちゃんのクッキー!!」
「美里のクッキー、家でも食えるのか!」
「あ、ブン太いたの?」
「母ちゃんひでぇっ!」
「ちょうど良いわ、暗くなりかけてるしあなた美里ちゃん家まで送ってあげなさい」
「え、大丈夫ですよ?」
「いやちゃんと送ってくって。安心しろぃ!」
「じゃあ……ありがとうございます」
暗い中出歩いているところを、もしまた宍戸さんに見つかったら怒られるだろう。素直に厚意を受け取っておく。
「じゃあそろそろ帰ろっか」
「美里ねーちゃんありがと!」
「おねーちゃんバイバイ!!」
「うん、またね」
手を振る子供たちが暮れそうになっている夕焼けの中に遠ざかる。
「じゃ、行くか美里」
「はい、お願いします!」
間もなく訪れた暗闇を背に、笑顔を見せるブン太さんと並んで歩き出した。
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