猫と恩返し




先日のお買いもので、手に入れた白いワンピースを着たくなった。
あと、この前から少しずつ思い出しつつある、こっちの世界の『わたし』の記憶を一発で取り戻せないだろうか、と思って今日は街を探索してみることにした。

この前の観月さんとの会話で断片的には色々解ったけど……。

いや、その節はすみませんでした観月さん、と思いつつ、『わたし』の気持ちや入れ替わる前のことが少し分かったのは助かった。ただ彼女の気持ちは何となく判明したけれど、テニスをやっていた記憶がハッキリと戻ってきた訳ではない。ここらでスパッと思い出したいものだ。

……まあ、正直怖いんだけどね。

所詮1ヶ月の入れ替わり……しかもいつの間にかあと2週間程度で元の世界に戻るというのに、無理矢理思い出す必要はないのかもしれない。というかないだろう。でも、せっかく入れ替わったんだから何か変えられるかもしれないし。

怖い恐いと言ってみたところで立ち止まっていても現状は変わらない。ここで一歩踏み込めば、何かが動くかもしれない。私も『わたし』も、変わりたいんだ。そして変わるためにチャンスが与えられた。これを利用せずしてどうする。

ここで前を向けば、変われる気がする……!

何も急に変化を求める訳じゃない。観月さんが言っていたようにゆっくり向き合いたい。
そのきっかけが欲しくて。
そんな思いを抱えつつ、テニスコートやスポーツショップなどから回っていくことにした。





*****






どうしよう……入り組んだ所まで来ちゃったかなぁ。

最近気づいたんだけど、私それなりに方向音痴かもしれない。あまり目印の駅とかから離れない方がいい気がする。この辺でUターンをかけようか、ととあるスポーツショップに背を向けたところで、叫び声を聞いた。

「あーーっ 80円足りなーい!!」

80円……? 足りないってことは、もしかしてお金が足りないからお目当てのものが買えない……とか?

もしそうだったらなんだか気の毒だ。気になってお店に入ってみたら、泣きそうな顔の猫っぽい人がそこにいた。
ピョコンと大きく外に跳ねた髪の毛に、大きな目。あ、猫だ、が第一印象の男の子。かっこいい新品のシューズを履いてしゃがみこんでいる。彼が叫んだのだろうか、と見つめているとバチンと目があった。

「80円……足りないのですか?」
「え!? 何で!?」
「何でって……叫び声が外まで響いてましたよ?」
「うわ〜〜っ ハズカシーー!」
「あの、良かったらどうぞ」

そう言いつつ、80円を財布から出して彼に手渡す。猫少年は、不思議そうにぱちくりとまばたきした後、また叫んだ。

「えーーッ いいの!!?」
「え、はい。きっとそのシューズ欲しいんですよね? 私の80円で良ければ差し上げますよ」
「でも、見ず知らずだし……」
「ここで会ったのも何かの縁だと思って、受け取っておいてください。それに、さっき切符を買ったせいで財布の中が小銭でパンパンで困ってるんです」

だからどうぞ、と、ズイっと手を差し出すと、猫少年は少し考えたあと申し訳なさそうな顔で受け取ってくれた。

「じゃあ貰っとくね! ホントにありがとうっ!!」

受け取ってから彼はニパッと明るく笑う。無事に彼が欲しいものを買えそうでよかった、とほっとして私も微笑み返した。プチ良いことできたしこちらこそお礼を言いたい気分だ。

「どういたしまして。じゃあ、私はこれで」
「え、あっ でもお金!」
「返さなくても良いですよ」
「そんなの悪いよ!」
「でも……その為にわざわざまた会うのもご迷惑でしょうし……あ、そうだ。じゃあ代わりにどっちに行くと青春台駅に着くか教えていただけませんか?」
「青春台駅はこのお店の前の道を右に真っ直ぐ行くと着くけど……?」

やった、迷子フラグ回避できた!!

「教えてくださりありがとうございました。ではこれでチャラって方向で」
「え、え……!?」
「テニス、頑張ってくださいね」

またお金のことでうやむやしても困るし、早めに立ち去ろう。にこ、と笑ってさらっとお店を出た。お店で猫少年がテンパってる様子だったが知らない。見ていない。本当に小銭が邪魔だっただけなのでどうか気にしないで欲しい。とりあえず脱迷子できて本当に良かったと、すたすたと歩を進めたのであった。

プチ良いことして気分は上々。ナイス猫少年さん。





*****





「行っちゃったにゃ……」

一方、無事にシューズを手に入れた猫少年こと菊丸英二はさっさと姿を消した白いワンピースの少女を探していた。
けれど、見つからない。

「突然消えちゃって……まるで天使みたいな子だったな〜」

白いワンピースだったし、優しかったしと頷き、思う。

(また……逢いたいな、天使ちゃん)

次に逢えたら今度はちゃんと名前聞いて、お礼を言わなきゃと意気込む菊丸だった。



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