女神と都大会3
「うーん……やっぱり越前くんは良い動きしますねぇ」
フットワークが軽いことに始まり、球のスピードや威力も申し分無し。まるでアップでもするかの様に、あっさり試合に勝ってしまった越前くんを見ながらポロっとこぼれた私の呟きは、私の周りを取り囲むように立ってた3人によって拾われた。
「ふふ、あっさりと勝っちゃったね」
と楽し気に笑う私の右隣に寄り添う不二さん。
「うちのスーパールーキーだからな!」
と誇らしげに振り向く、私の左斜め前に立つ桃くん。
「まあ、遅刻する癖はどうにかしてもらいたいものだが」
と苦笑する、私の斜め後ろでノートを広げている乾さん。
……すみません、そろそろ突っ込んでいいですか。
「あ……あの、さっきから聞こうと思ってたんですけど……何でそんな私を隠すかの様に立ってるんですか……?」
「この間も言ったが一条は影響力が大きい。パッと見ただけでは君があの "女神" と同一人物だとは解らないが……気づかれるのも時間の問題だ」
「クス……気づかれたらきっと囲まれると思うよ、美里ちゃん」
「そ、それはちょっと避けたいですね」
「そうだろう? だから僕たちが防壁になっているんだ」
「なるほど、そうでしたか……。ありがとうございます」
「どういたしまして」
さらっと答えた乾さんと意味深に笑う不二さんに上手く丸め込まれた感が否めないが、そこは敢えてスルーしておいた。守ってもらっている分際で追究するのも失礼な話だろうし。すると暫く黙っていた桃くんが斜め前から振り向いた。
「部長の試合、始まったっす!!」
「部長……?」
「あ、そっか、一条は初めて見んだな! うちの手塚部長は全国区のプレーヤーでスゴいんだぜ!!」
「えっと、何がどうスゴいの?」
「そう言っている間に試合は進んでいるから、見た方が早いと思うぞ」
乾さんにそう促されてコートを見てみれば、同じ中学生とは思えないオーラで立っている、えっと、手塚部長さんがいた。その彼が、完璧なサーブを打つ。圧倒的な力の差を見せつけられた相手選手は手も足も出ないようだ。コートの中からも周りからも尊敬や畏怖といった眼差しを受けつつ彼はコートに堂々と立っている。
彼が……いや、彼も……全国区。
そういえば橘さんも全国区だっけと頭の片隅で思う。そして、私も。
全国区だったんだよね。ねえ、『わたし』……?
誰にともなく小さく呟いてみた。その音は誰にも拾われることなく風に流れて、消えた。
*****
今、あっさりと鎌田中を倒した青学が、続く秋山三中と戦っている。そして私の目の前では何故か、試合とは関係のないところでバチバチと火花が散っている。
「だから君が一条を連れていくのが納得いかないんだが」
「んふ、僕は美里さんに話があるので譲っていただけると嬉しいのですが」
「そもそも譲る譲らぬ以前に一条は物ではない」
「そんなつもりはありませんでしたが、それは失礼しました」
何故か、乾さんと観月さんが静かに言い争い……というか自惚れるつもりはないのだが、私の取り合いをしているのだ。何なんだろう、この展開。ことの発端は恐らく、秋山三中との試合を幾つか見た後の私の一言だった。
「なんか……違和感のある試合ですね……。サラッと勝てないというか、勝ってるのに時間がかかっているというか……」
すると乾さんも同感だと言い出し、「心当りがあるから少し出掛けるが一条も来るか?」と訊かれたので、試合待機の不二さんと桃くんを置いて着いてきたら、こうなった。
「いいデータとれました?」
「――ええ、乾君」
「確か君は聖ルドルフの新マネージャー……」
「み……、観月さん!?」
「え? 美里さん……!?」
「……一条、知り合いだったのか?」
「ええ、この間少しお世話になったと言いますか……。その節はありがとうございました」
「いえ、何かあったらまた僕に言ってくださいね」
そんなやり取りをしていると、乾さんの眉根が寄った。考え事をしているのか、はたまた今回の敵っぽい観月さんに良い感情を抱いていないのか。
「……い、乾さん何か顔が怖いんですが……?」
「気にするな」
「んふ、美里さんは今日は青学の応援ですか?」
「あ、はいそんな感じです」
「……青学しか、応援しないのでしょうか?」
「……はい?」
「宜しければ、我々聖ルドルフも応援してはもらえないかと思って」
言いながら観月さんは手を握ってきたので、混乱しつつも返事を返す。
「え? あ、はい」
「……すまないが一条の手を離してもらえないだろうか、観月」
「それは出来ませんねえ、乾君。美里さんはこれから僕と一緒にいてもらいたいので」
「え、応援するって観月さんと一緒に試合を見るってことだったんですか!?」
えっ、気持ち的に応援してます! って話じゃないの!?
という私の動揺を放置し、私の左手を掴んだままの観月さんと、立ちはだかる乾さんが戦い始めた……というわけである。というか決着点が見えないし、かれこれ5分はこのままだ。そろそろ疎外感が悲しい。
ふと2人から視線をそらせば、青学の1年生のおかっぱ君たちがこちらに駆けてくるのが見えた。
「乾せんぱーーい!」
「……どうした?」
おかっぱ君たちに気づいた乾さんは一時休戦に入る。
「竜崎先生が、試合のオーダーで相談があるから来いって言っていました!」
「あと、もうすぐミーティングだそうです!」
「……そうか、ありがとう。すぐに行こう」
何か言いたげに、ちら、とこちらを見た乾さんと目が合った。
そっか……今からミーティングかぁ。やっぱりお邪魔しない方が良いよね。
私はにこりと笑って、乾さんに告げる。
「今からミーティングだそうなのでお邪魔しない様に、朝みたいに適当にうろついてますね!」
「いや、別に気にしなくても……」
「私は、良くも悪くも影響力が大きいですから」
乾さんのいつぞやの台詞の受け売りをすると、彼は言葉に詰まった。
「なので、気にしないでください。何かあったら連絡しますので」
「……解った。困ったら、すぐに呼んでくれ」
背の高い彼から見るとはるかに小柄な私に対して、腰をかがめて覗き込みながら、乾さんは私の頭を一撫でしてそう言った。その瞬間、観月さんが私を引き寄せる。
「美里さんに困った事があったら、僕が何とかするので大丈夫です」
んふ、と勝ち誇ったように観月さんは笑って、私の手を引いて急に歩き出した。つられるように私も彼について歩き出す。……転びそうになりながら。
「うわわわ、観月さん!?」
「彼女は聖ルドルフが責任もってお預かりします。行きましょう」
「乾さんすみませんごめんなさい! そのうち戻るのでっ! 不二さんたちにもそうお伝えください!」
「……ああ、解った」
乾さんを返り見ると、おかっぱ君たちに取り囲まれて、あっちはあっちで連れていかれるところだった。なんかまるで拉致のようだけど、観月さんの背中は喜びを語っているようだったので、まぁ良いかなとか思ってしまった。
……後で不二さんには謝罪連絡を入れておこう。
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