女神と都大会8
今、目の前で繰り広げられている試合は5-0で観月さんが勝っている。
不二さんが負けてしまう! とハラハラするシーンなんだろうが、なぜか私の心は静かに落ち着いていた。
不二さん、なんか本気じゃないような気がするんだよなぁ……。
この前みた不動峰との試合とは違い、なんとなく脇が甘い感じがする。最初のうちは純粋に観月さんのデータテニス強いなぁとしか思わなかったが、試合が進むにつれて、あれ? 不二さんあの打球間に合うと思ったんだけどな? という違和感を多々感じるようになっていった。ちなみに、現在進行形でそう感じている。観月さんは不二さんのデータを集めて弱点を突いているはずなのに何なんだろうこの感覚……と一人でうやむやと悩みながら試合観戦するのもなんなので、思いきって隣でデータ採集中の乾さんに訊いてみることにした。
「乾さん、不二さんのデータってきちんととれるものなのでしょうか?」
乾さんはノートに文字を書き込む手を止め、少し驚いたように私を見た。
「何故、急に?」
「だって不二さんって追及をのらりくらりとかわしちゃいそうな感じしますし……」
どうもデータを易々ととられるように見えないんだよねぇ……。
「試合に、何処かしら違和感です」と、ぽそっと言えば乾さんも頷いて賛同してくれた。そして、もう後がないよ〜っ! と騒ぐ青学サイドに向かっても言うかの様にノートを畳んで呟く。
「本当にデータを正確に取れたのかな?」
途端、青学の1年生の子達に反論されていたけれど、冷静に乾さんは続けた。
「不二のデータだけは……俺でさえ正確にとらせてもらえない」
そう言った瞬間に、 パアァァン と弾ける音と共に、不二さんが観月さんのコートに打球を叩き込んだ。
観月さんの目には、明らかな動揺が浮かぶ。最も苦手なコースのはずなのに、と見るからに顔に書いてある彼を眺めて私は嘆息した。不二さんってそんな迂闊じゃないんですよ、観月さん。
そこからはもう、5ゲーム取られたのが嘘のような不二さんの快進撃。不二さんが押しに押している。やっぱり0-5はわざとだったようで、余程彼は怒っていたんだと感じると同時に、少し心が痛んだ。
あれ、何でだろ……不二さんに勝って欲しいと願ったのは、私なのに。
そうでなくてもきっと不二さんは勝っていた。そんなことは試合を見ていれば簡単に解る。でも何処かで観月さんが試合中に改心して……というか驕りが削げ落ちて、純粋にテニスを楽しんでくれたらなんて、思っていたのだ。不二さんに頑張って下さいと言っておいて、いざ観月さんが負けそうだと心が痛むなんて……八方美人か、私は。思わず自分で突っ込んで、少し笑う。試合である以上勝ち負けがあるのは当然。どっちも良い思いをするなんて、そんな都合のいい話はない。それは勉強漬けで生きてきた私でも充分解る。テストで言えば、どう足掻いても1位は1位、2位は2位なのだ。でも、だったら、せめて負けた方に声を掛けることぐらいは許されるだろうか。
それは結局、私の自己満足かもしれないけれど……。
そうこう考えている内にコートでは、圧倒的強さを見せつけて不二さんが勝利していた。コートの外で、観月さんが崩れ落ちるのが視界に入る。そんな彼を今すぐ支えてあげられないことがもどかしい。自己満足だろうがなんだろうが、私は彼を放っておくことなんて出来ないと思い、気付いたら足がそちらに向いていた。傍にいた乾さんに、また少し青学サイドを離れることを告げ、私は観月さんにかける言葉を探しながら試合を終えた聖ルドルフに駆けていく。
*****
「………、乾」
「ああ、不二。試合お疲れ様、おめでとう」
「ありがとう。…………」
「……一条を、止めるべきだったか?」
「…いや、いいよ」
「……すぐ、帰ってくるそうだ」
「そう。じゃあこの後は一緒に試合観れるかな」
すぐにいつもの笑顔に戻った不二に乾は「ああ」と言いつつ、内心苦笑した。
いつもこの笑顔に隠されてしまうのだ、と。
*****
聖ルドルフに近寄ると、そこから立ち去る橘さん達の後ろ姿が見えた。何で橘さん達が聖ルドルフに? と疑問に思ったが、まぁ橘さんお兄さんっぽいし何かアドバイスでもあげたんだろう、と適当に予想して聖ルドルフに駆け寄り、声をかける。
「お疲れ様でした」
さっきまで青学サイドにいたから煙たがられるんじゃないか……と恐る恐る声を出したけれど、皆さんは温かい反応をくれた。
「ありがとう、美里ちゃん」
「あ……淳さん。柳沢さんは大丈夫でしたか?」
「うん、もうすっかり」
「心配かけただーね!」
「ご無事で良かったです」
復活した柳沢さんに安心しつつ、知り合った人達と少し言葉を交わした後、集まりから離れてフェンスにしがみつく観月さんへと歩を進めた。そっと隣に立つと、フェンスを握りすぎて真っ白になった観月さんの手が視界に入った。
「観月さん……」
その姿にあまりにも心が痛んで、フェンスを握るその手に思わず自分の手を重ねていた。冷たくなってしまっているその手を、優しく包む。
「観月さんの手は、テニスをする手です。あんまりフェンスを握ってしまうと、痛めてしまいますよ……」
「……もう、良いんです……美里さん。勝たなきゃ、意味がないんですから」
「……勝つことだけが、テニスなんですか?」
「……僕達は、勝つために、地方から集められました」
「……」
「だから、勝たなきゃ、意味がないんです」
力ない声で繰り返し呟く観月さんを見ていると、こっちが泣きそうになってくる。
勝たなきゃ、勝たなきゃって……それって楽しいんですか……?
だって、でも、観月さんは。
「観月さんは、本当にそう、思っているんですか?」
ぽつりと零れ出た私の言葉に、観月さんはゆっくりと顔をあげた。やっと、視線が合う。彼のぼろぼろのその姿に私が泣きそうになりつつ、言葉を続ける。
「観月さんは、本当に勝つためだけに、テニスをしているんですか?」
ハッと表情を変えた観月さんを真っ直ぐ見つめ、違う、と彼の顔が物語っているのを感じた、その瞬間。私の手は観月さんに握られ、私の体は観月さんの歩く方向に引っ張られた。要するに、拉致である。本日二度目である。
しかしながらさっきと雰囲気は全然違うと感じて、やはり何処か、胸が痛んだ。
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