女神と都大会9




観月さんが何処へ向かいたいのか一向に判明しないまま、私は手をしっかりと握られた状態で観月さんに付いて歩いている。どこに行きたいんだろうか。

目の前に本人がいるのだから訊けば良いだけの話なんだけれど、どうもそういう雰囲気ではなく、口が開けない。まあ、おそらく人混みから離れた(特に聖ルドルフや青学の部員がいなさそうな)ところを目指して歩いているんだろう……と当たりをつけて、足を動かす。

というか今日観月さんに連れていかれるの2回目かー……。

よくよく考えると朝から青学行ったり不動峰と絡んだり聖ルドルフに拉致されたりと大忙しだな。いつの間に私のネットワークはこんなに広がりをみせたんだろうか。

不思議に思いつつ前を向いた瞬間、突然観月さんは立ち止まって振り向いた。当然、何も対処できず歩いていたスピードでそのまま彼の胸に突っ込む、私。いい加減この鈍くさいの治らないかな。

「わっ……っと、ごっ、ごめんなさい観月さん……!」

とっさに謝り勢いよく離れようとしたけれど、観月さんの片腕が私の肩を包み込んだせいでそれは叶わなかった。軽く抱き寄せられたような状態になり、驚いて彼を見上げる。

「み……観月さん?」
「すみません」
「え……?」

どうして突然謝られるのか解らず彼を見つめれば、困ったような申し訳なさそうな顔をされた。

「いつも唐突に貴女を連れ出してしまうので……」
「気にしてませんよ?」

むしろ、観月さんと絡むのは楽しいですし。きょとんと問い返せば、観月さんは更に困ったように言葉を零した。

「僕は聖ルドルフを勝利に導かなければならないマネージャー兼選手です」
「……だから、聖ルドルフの皆さんから離れたところまで来たんですか?」
「はい。……貴女といると、どうも弱音を吐いてしまいそうなので……」

やっぱり、弱音を聞かれないように離れたんだ……。

「……無様、ですよね」

自嘲気味に笑った観月さんを、見ていられない、という気持ちで私は言葉を選びながらぽつりと言った。

「負けて弱音を吐くことも、誰かに弱音を零すことも、無様な事なんかじゃないです」

慰めは止してください、と言いたげな観月さんの視線を真っ直ぐ受け止め、私は続ける。

「弱音を零さないのは強さかもしれませんが、零せないのは弱さです。相手を信頼できずに、弱音を溜め込んで潰れてしまう方が……よっぽど無様だと思います」
「…………」
「……それに、そうなってしまったら周りの人たちはきっと悲しみます。もっと頼ってくれて良かったのに、って」

観月さんは黙り込んでしまって、何も言わない。私は繋がれたままの彼の手にそっと触れた。

「観月さんはきっと、溜め込みすぎなんですよ。優しい人だから……」

何度も話して気づいたことは、彼は相手をよく見て行動しているということ。とても気遣いができる性格だし、そういったことからデータ収集も得意なんだろう。それは自分の力であり支えるものだが、時には自分を苦しめるものにもなってしまう。ましてやマネージャーなんてしていたら気疲れだってするに決まっている。

「だから、私で良ければ吐いてください。弱音も辛さも苦しさも、いくらでも聞きますから」

私の心のつっかえを取り除いてくれたのは観月さんだ。つっかえは完全に消えたわけではないけれど、確実に前よりも楽になった。だから、今度は私が観月さんを助けたいんだ。そう微笑むと、観月さんは少し抱き締める力を強くして、私の肩にぽすんと顔をうずめた。

「……観月さん?」
「……僕は、卑怯なんです」
「え……?」

ポツリポツリと観月さんは語りだす。

「僕は、勝つためなら手段を選びません。例えそれで部員の身体に支障が出ようと……勝つ、ためなら」
「…………」
「勝たなきゃ……駄目なんです。その為に僕らは集められた……その為に僕らはここにいる……いる、為には、勝たなきゃ」

ぐっ、と観月さんの手に力が入った。

「……本当は解っているんです。こんなこと間違っている、と。誰かを、チームメイトを傷つけてまで僕は何を……っ」
「み、づきさん……」

悲痛な叫びに思わず呼び掛けると、少しして観月さんは顔を上げて、悲し気に私を見つめた。

「美里さんはよく僕を優しいと言いますが、違います。僕は本当は勝つための犠牲を厭わない……単なる卑怯者なんですよ」
「……違います」

反論した私を、観月さんは静かに見つめる。彼と、目が、合う。それはとても苦しそうな目だった。

「まだ、犠牲は生まれていません」
「でも僕は……、」
「まだ誰も、怪我はしていない。取り返しのつかないことにもなっていない。気づいて、駄目だと知っているなら止めれば良いまでです」
「…………」
「……それに、観月さんはやっぱり優しいですよ」

少し言葉を途切って、観月さんの目をきちんと見つめた。もう大丈夫、そう言い聞かせるように。

「だって、チームメイトを犠牲にするテニスは、駄目だとちゃんと気づいているんですもん。それで葛藤が生まれるなら充分、優しい人です。その優しさが見えづらかっただけですよ」

あと、人間は誰しも卑怯者なんですよ。と付け加えれば、彼は泣きそうに微笑んだ。私を抱き締めるその力は、少し強い。

「でも僕は負けてしまいました」
「まだ5位決定戦があるじゃないですか。敗退した訳ではないし、二度とテニスをできない訳でもありません」
「……でも、1回の負けでも汚点は許されない」
「負けは "汚点" 、なんですか?」
「……え?」
「負けることは次のステップへの ”糧” だと思いません?」
「……」
「それに、一回の負けがなんですか。腐るほど勝つ方法はあるのに、一つ間違ったからと言って全てを諦めるのは、余りに勿体なくないですか?」

しっかり目を見つめて問い返す。すると観月さんは一瞬目を見張った後、「もったいない……」と呆然と呟き、ふっと肩の力が抜けたように笑いだした。

「……ふっ、ふふ……んふふふ」
「え、ちょっ……み、観月さん何笑ってるんですか……!?」
「ふ、ふふふ……っ。いや、貴女が余りにも前向きで」
「……呆れてます?」
「違いますよ」

一呼吸置いて、観月さんはいつものように微笑んだ。

「貴女のその前向きさに、救われたんです」

ありがとうございました、と呟いて観月さんはまた私の肩に顔をうずめた。

「すみません、もう少し、このままでいいですか」
「は……はい」
「……美里さんを抱き締めていると、安心するんです」

少し笑みを含んで付け加えられたその言葉を、どう受け取っていいか解らず赤面したのは言うまでもない。

でもいつもの観月さんに戻ったってことよね……良かった。

抱きしめてくる観月さんにそっと、「テニス、好きですか?」と訊けば。「好きですよ、……とっても」と返ってきたのでもう大丈夫だとほっとした。



身体に仄かに感じる観月さんの体温が心地好かったなぁ……。

そう思いつつ観月さんを見送り、青学の皆さんの所へ帰ろうとすれば、聖ルドルフ集まりの方から「5位決定戦、勝ち残りますよ!」「オーッ!!」と言う声が聞こえて自然と笑顔になったのだった。



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