女神と都大会12
「あ、そういえば準決勝出場おめでとうございます!」
青学の試合後、ゴタゴタして言いそびれてしまっていたその言葉を伝えると、不二さんは嬉しそうに「ありがとう」と呟いた。
「それにしても青学はバランス良く強いんですねぇ」
今日の試合を観て思った感想を述べてみる。相変わらず観てて飽きない試合展開をみせてくれた青学は、すっかり私のお気に入りだ。今後もぜひ試合を観させていただきたい。今日の試合を思い返しつつ「みんなが強いって感じですよね」と感心したような言葉が零れた私に、不二さんは困ったようにクスリと笑った。
「でもやっぱりダブルスが穴かな。みんな個性が強すぎるから」
「え、そうなんですか? でも今日見た桃くん達は息ぴったりって感じでしたけど……」
「うん、息はぴったりなんだけどね……、技術的に足りてないところはあるし」
「うーん、じゃあダブルスが弱点ですか……なんか意外です」
きょとんしながらと言うと、不二さんは悪戯っぽく、でもどこか探るように私に微笑んだ。
「欠点なんて、ないと思った?」
「え? いいえ? いくら青学の人が強いと言えど、人間は完璧じゃないから欠点なんていくらでもあると思います。私が意外だったのはそれがダブルスだったからでして……」
「クス……君は本当に面白いね」
「……は? え? お、面白い……ですか?」
「うん」
ポカンと拍子抜けして不二さんを見ると相変わらず綺麗な笑顔を浮かべていて、余計に混乱した。私、そんなに面白いことを言っただろうか。そもそも思えば、不二さんはいつもニコニコ笑っている気がする。それが彼の通常だと言ってしまえばそうなのだが、青学の皆さんといるときは真面目な顔もよくするのに、私といるときは確実に笑顔の時の方が多い。
いや、怒ってるよりか全然良いんだけどね……。
如何せん、納得がいかない。特にこんな風にさして面白みがある事を言ったわけでもないのに、微笑まれてしまうと。実は心の中では、何言ってんのこの子(嘲笑)みたいになっていたりするのだろうか。いや、優しい不二さんに限ってそんなことはない。絶対ない。……でも、もしそうならどうしよう。不二さんとは仲良くさせていただいてるし、一緒にいると落ち着くし、私的にはこれからもよろしくお願いしますな気分なのだがそれは一方通行の感情なんだろうか。
いつの間にか嫌な方向にヒートアップした思考を振り落すため、頭を数回振ってから少し窺うように不二さんを見ると、彼は今度は容赦なく声をあげて笑いだした。
「ふ、不二さん?」
「あはは、ちょっと……っ。美里ちゃん、なに、百面相してるの?」
「百面相!? も、もしかして私、顔に出てました!?」
「うん、それはもう、分かりやすく」
無意識だった。考えている内に百面相とか何をやっているんだ、私は。こっぱずかしい思いをしたが、いまさら百面相の過去は覆せない。トホホと諦めたところで不二さんはやっと笑い止んでくれた。
「あ、あの、不二さ、」
「それにしても可愛いよね、美里ちゃんは」
ふぅ、と一呼吸ついて放たれた彼の言葉に、私は思わずフリーズした。
「え……ええ、あの、不二さん? 急に何を……」
「うん、ちょっと言ってみたくなったんだ」
「はぁ……」
「それで、何を考え込んでいたんだい?」
「いや……あの、えっと……不二さんは、いつも笑ってるな……って」
「……え?」
「だからその、いつもニコニコしているから、その笑顔の裏で実は色んな感情を隠してるんじゃないかな……なんて思いまして」
「でもそんな考え失礼ですよね……すみません」と苦笑すると、不二さんはさっきの悪戯っぽい笑みではなく、本当に優しげにふっと微笑んだ。取り巻く雰囲気が、とても柔らかい。
「不二さん……?」
「本当に、君はよく人を見てるね」
「え?」
「確かに僕は笑顔で誤魔化すこともあるけど、美里ちゃんに向けているのは本心からの笑顔だよ。……そうだな、君の前だと素直に笑顔になれるんだ」
「それは……ええっと、良かった、です」
「クス……だからね、そんな心配そうな顔をしないで? 僕は君のこと、とても気に入っているんだから」
ね? と言われてしまえば不思議と安心してしまった。やっぱり不二さんと話すと自然と気持ちが落ち着く。そして言われた内容はとても嬉しいものだったから、ふんわりと笑みが零れた。
「ありがとうございます。私も、不二さんと一緒にいると心地好いです」
「それは良かった。……でもね、」
ふと、目を開いた不二さんは私の手をそっと握った。口許はさっきのように微笑んでいるのに、目は真剣で、逸らせない。
「ふ、不二さん?」
「気に入っているからこそ、独占欲が湧いてしまうんだ」
「え……?」
「美里ちゃんは素敵な子だから、皆が慕う気がして。現に……ああ、そうだ、弟が君に救われたと言っていたよ」
「弟さん……裕太くんですか?」
「そう、裕太がね、君が同一視しないと言ってくれたことが嬉しかった、って。ありがとう」
「いえ、そんな……私は思ったことを言ったまでですから。でも裕太くんの助けになれたのなら、嬉しいです」
いつも助けられてばかりだから、誰かの救いになれるのは嬉しい。そんな思いで微笑めば、不二さんはくすりと笑いつつー……ぐっと、私を引き寄せた。
「ほら、また嬉しそうにしてる」
えっ、だっ、抱きしめられ……!??
突然のことに思考が全く追いつかない。緊張のあまりカッと頭に血が上るのを感じる。沸騰している場合じゃない、働いてくれ私の脳細胞。そろそろこの近すぎる距離感に、顔が真っ赤に染まりそうなんですが。いや、待てハグだ、これはハグ。外国では挨拶。
一人でパニックを起こしている私にお構い無く、不二さんはさらに私の肩に腕を回して抱きしめ、耳元で囁いた。
「美里ちゃんはすぐ何処かへ行っちゃうから目が離せないな。まあ、そんなところもスリルがあって良いんだけど」
スリルって一体全体何なんですか! と問いかけようとしたところで、私のすぐ後ろを車が通っていった。と、いうことはだ。もしかして不二さんは車に轢かれそうだったから、抱き寄せてそれを回避してくれたのでは。それなら不二さんらしからぬこの突然の行動にも納得がいく。それを私は抱きしめられただのハグだの勘違いも甚だしい。というか車が危ないから抱き寄せてくれるとか、どれだけ優しいんだ不二さんは。
きちんとお礼を言うことにしました。
「不二さん、ありがとうございました!」
「…………え?」
「車が危なかったから抱き寄せてくれたんですよね? 助かりました」
「……車……いや、そういう訳じゃ……まぁいっか」
「それで、えっとあの、もう車は大丈夫そうなんで離していただいて結構ですよ……?」
「あ……うん、そうだね……。轢かれなくて良かったよ」
くすり、と笑う不二さんはいつの間にかいつも通りで、どこかホッとした。彼はそっと私の体を離してくれたものの、なぜか手は繋いだままで歩き出す。交通事故防止の為だろうか。
そういえばさっき何か言ってなかったっけ……スリルがどうとかだっけ? 緊張しすぎて覚えてない……。
助けてもらったのは嬉しいけれど、あの距離感は非常に心臓に悪かった。生まれてこの方、彼氏がいたことない私にとっては特に。そして不二さんはとてもいい匂いがしました。
「そうだ、そういえば今度の準決勝と決勝も観に来てほしいんだけど、どうかな?」
にこり、と今日一番の笑顔を見せた不二さんに私も大きく頷き笑顔を返した。
「もちろん観に行きます!」
それから無事に家まで辿り着いたときには日も暮れていた。肩口で手を振る彼に、同じように手を振りかえす。
「本当にありがとうございました、不二さん」
「どういたしまして。じゃあ、またね」
こうして長い長い一日は幕を閉じたのであった。
| back |
| top |