隅っこにて




「じゃあ一条さんはずっと俺達の試合を観てくれているんだね」
「そうですねぇ、一応地区大会から観てます。青学の皆さんの試合は観ていて飽きないんですよね。だからついつい追っかけちゃうといいますか……」
「それは嬉しいことだ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ素敵な試合をありがとうございます」

ふふふ、と思わず笑みを零すと3人の間に朗らかな空気が漂う。自己紹介のあと、手塚さんが「そういえば大会で君に似た女の子を見掛けた気がする」と言い出して、私が青学の試合をよく観に行くと伝えると、話題はそちら方面になったのだ。結局テニスの話というね。見てる側とやってる側ではやはり感覚は違うようで、選手としての手塚さんや大石さんとテニスについて語るのは楽しいし、興味深い。

「ところでどうして青学の試合を?」
「もともと友達と観に来てたんですけど……紆余曲折がありまして」

地区大会の事を思い出して、はは、と乾いた笑いがでる。その友達が青学の彼氏とランデブーしたせいで置いてきぼりくらいました……なんてとてもじゃないが言えない。「いつの間にか不二さんや乾さん、桃くんや荒井くんとお友達なんです」と告げると、2人は驚いたように目を見開いた。

「随分不思議な面子と知り合いなんだな」
「ええ、確かに不思議ですよねぇ。でも皆さんとても優しいんですよ。試合がない時は私とよく一緒にいてくれますし、色々楽しいお話もしてくれるんです」
「楽しいって、例えばどんな感じなんだい?」
「例えば……ですか……。あ、トップスピンの上手なかけ方とメカニズムとか」
「それはまた、不二や乾辺りが言い出しそうだな」
「手塚さんご名答です。乾さんが教えてくれました」
「やはりか……」
「テニスの技術について詳しく考えた事ってあんまりなくて、凄く新鮮で。技の仕組みとか自分でも調べてみたいなって思って」
「だから図書館に来たのか」
「はい、なのでとりあえず『月刊プロテニス』を読んでみようかなって思ったんですけど……」

書いてあるのは有名なプレーヤーのインタビュー特集が多くて、もう少し専門的なものが読みたくなってしまった。欲が出ちゃいますね、と苦笑すると、大石さんは感心したようにニコリと笑った。

「一条さんは勉強熱心なんだね」
「勉強熱心、ですか?」
「うん。気になった事をきちんと調べようとするなんて、偉いよ」
「そう……ですかね? ただ、興味持ったことって追及したくなるじゃないですか」

誰だってそんなもんじゃないですかね……? と不思議そうに聞くと、大石さんは更に笑みを深めて、私の頭をぽんっと軽く撫でた。

「でもそう簡単にはそこまで真剣に向き合えないだろう?」
「はい、まぁ本当に興味がないとそりゃそうですよね」
「たしかに、一条の追い求める姿勢は一途で好感が持てるな」
「て、手塚さんまで……。えっと、ありがとうございます?」
「はは、手塚が誉めるなんて珍しいな」
「別に他意はない。一条の目が本気だったから気になったまでだ」

目が本気って、いや、たしかにしっかり調べたいとは思いましたけど……。

そこまでがっついてましたか!? などと聞くわけにもいかず、目の前で優しく視線を寄越してくる大石さんと手塚さんに曖昧に笑って「ありがとうございます」と返しておく。すると、手塚さんが少し思案したあと驚きの提案を私にくれた。

「……そうだな、一条がテニスの資料を探しているのなら、俺で良ければ君の調べ事に付き合おう」

は、と一瞬意味が理解できずにぽかんとしてしまった。目をぱちくりとさせて手塚さんを見つめ直せば、至って真面目な……いや……いつも真面目そうな顔ですけども……という表情な訳で。要するにあれだ、勉強会的な流れになっているのだろう。急なことに動揺しかけたがこの状況と大差はないはず。落ち着け私。
落ち着いたところで、私の趣味の調べものに手塚さんを付き合わせるなんて申し訳ない! という結論に至ったので、焦りつつ遠慮の言葉を探す。

「いや、そんな悪いですよ手塚さん。私なら1人で大丈夫ですし……。それに手塚さんだって調べものがあって来たんでしょうし」
「俺ならもう調べ終わった。それにテニスの事なら俺の為にもなるから大丈夫だ」
「でも……その、ご迷惑、では……」
「君と話すのは楽しいし、調べ事を手伝うのも大して苦にはならない」
「う……」
「……それとも、俺のお節介だっただろうか」

言葉に詰まった瞬間、ふと、そんな風に少し目を伏せて困ったように言われてしまったら。

「そ、そんなことないです! 手塚さんがご迷惑でなければぜひお願いします!」

断れる人なんていない。引き際は大事だ。

「任せろ」と、どこか満足そうに頷いた手塚さんにもう何も言えなくなってしまった。そんな私達の様子を何故か驚きつつも少し楽しそうに見ていた大石さんは、チラリと時計に目を落として突然慌てだした。

「わ、しまったもう2時だ! 今日はおじさんと会う約束があったんだった!」
「何時からだ?」
「2時半!」
「……急いだ方が良さそうだな」

大石さんは「そうする」と頷きつつ慌ただしく準備して、私に申し訳なさそうに笑った。

「じゃあごめんね、一条さん。ちょっと先に出るよ。俺も色々と教えてあげられると良かったんだけど……手塚ならしっかり教えてくれると思うから」
「はい、お気をつけて」
「今日は話せて楽しかったよ。またどこかでね」
「私も楽しかったです。誘ってくださってありがとうございました!」
「うん、じゃあね。手塚、また連絡するよ」
「あぁまたな、大石」

大石さんは爽やかに手を振って去って行った。



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