女神と都大会19
――青学…青春学園…
――氷帝学園、立海大附属、山吹、不動峰、聖ルドルフ――
――テニスの王子様――
―主人公………越前、リョーマ……――
――何を自惚れていたのだろう、この世界は所詮、私のそれではないというのに―――
――それでもみんながすごく優しかったから、私は…
っは、と目を覚ませばそこには白い天井。見渡せば黄緑のカーテンと白い布団、枕、それから…
「まだゆっくりしていろ、一条。」
心配そうに、けれども少しホッとしたような手塚さんがいました。
いまいち状況が掴めない、私は越前君たちの試合を見ていたはずなのに…と思ったところで頭痛がツキリ、と起こる。不覚にもそれで私は思い出してしまった。
(そうか……私、忘れてたんだ……『テニスの王子様』を………)
1ヶ月お試しトリップの影響からか、すっかり忘れていたそれを、急に思い出した反動で身体がついてこれなかったのだろう。足元から崩れ落ちた記憶と「一条!!」という手塚さんの声だけうっすらと覚えている。
そしてゆっくり眠れたからか目が覚めてしまった今、妙に頭も記憶もスッキリとしていた。
「手塚さん、私……、」
「越前の試合の観戦中に倒れた。すんでのところで俺が受け止めたから、頭を打ちつけたりはしていない…はずだ。」
「そうだったんですね…。すみません、またご迷惑をおかけしてしまいました。」
「気にするな、軽い熱中症らしい。俺たちも気がつかなくてすまなかった。」
「そ、そんな、私の体調管理がなってなかっただけなので…!私の方がごめんなさい!」
手塚さんに謝らせてしまうなんてそんな!という気持ちを込めて(事実自分のせいで倒れてますし)見つめると、手塚さんは困ったように目尻を下げた。
「だから、頼れと言っただろう一条。」
「う……それに関してもすみません…。」
「まったく、本当に危なっかしいな、一条は。」
ついつい心配してしまう、と言いつつ手塚さんは私に手を伸ばして優しく頬に触れた。そのままじっと見つめられる。
(く、くすぐったい……!)
「再三と言うが、俺はもっと一条に頼られたい。困った時は気兼ねなく俺の名を呼んでくれ。」
「あ、ありがとうございます…。(なんて親切な人なんだ…!)」
出来た人だなぁ、さすが部長さんだなぁとキラキラと見つめると手塚さんは少し頬を赤らめてサッと目線をそらしてしまった。
「帰りは俺が送る。この後ミーティングがあるから、もう少しゆっくりしていてほしい。」
「え、あ、ありがとうございます。ところで試合は……?」
「6ー4で越前の勝ちだ。」
「わぁっ、じゃあ、都大会優勝ですよね…!おめでとうございます!」
思わず起き上がってしまったものの、少しふらっときて手塚さんの胸に頭から突っ込んでいってしまった。すかさず抱きとめてくれた手塚さんにはもう流石としか言いようがない。
「す…すみません…ありがとうございます…。(情けなくて頭があげられない…)」
「(一条、の、温もりが…!)いや、いい。祝ってくれるのは嬉しいが、まだ起きたばかりだからはしゃぎすぎるな。でも…ありがとう。」と少し口角を上げた手塚さんはとっても優しい人だと思いました。
*****
次に目が覚めた時はもう夕暮れで、手塚さんが優しく「おはよう。」と頭を撫でてくれた。
ちなみにミーティングの時に菊丸さんにジャージを返しておいてくれたらしく、それについてのお礼も述べておく。すると「菊丸や不二たちも心配していたからまた連絡してやってくれ」と困ったように言うので、もちろんですと返しておいた。
そんなこんなで手塚さんに荷物を持ってもらって帰り道、夕暮れの中ゆっくりゆっくり手塚さんと2人で帰ってます。
「本当にもう、お疲れのところすみません。」
「君と一緒に帰れるのなら役得だ。申し訳ないと思うのなら、早く元気になって青学に遊びに来てくれれば嬉しい。」
「ふふ、分かりました。早く元気になりますね。」
鮮明に思い出したトリップの期限は明日までのはず。その願いが叶わぬものと知りつつ、口に出して期待させてしまうなんて酷い話だ。私にとってもその期待は辛いものだというのに。
(それでも……この優しい人たちを傷つけないためには、私は綺麗な嘘で固めて消えなければいけない)
そう決断して、詰まった息を吐く。
思い出として綺麗に残しておくために、私は曲がりなりにも前を向くのだ。
そう頭の中で考えつつ、ゆっくり手塚さんとお話ししつつ気づけばもううちのマンションの近くまで来ていた。立ち止まって、手塚さんを見上げる。
「手塚さん、今日は本当にありがとうございました。助かりました。」
「いや、くれぐれも水分補給は忘れずに身体を大事にしてくれ。俺も今日は君と会えて嬉しかった。」
「肝に銘じておきますね。じゃあ、このマンションなので…。」
「…ああ、気を付けて。」
手塚さんに軽く頭を下げて、少し歩き出したものの、途中で振り返って言い忘れたことを伝える。
「あ、……関東大会も、頑張ってくださいね!…応援、してます。」
綺麗に微笑んだはずだ。
はずだったのに、手塚さんの息を飲むような音が聞こえて直後に手首が掴まれた。
そのまま、身体ごと引き寄せられる。
「……って、手塚さん!??」
「すまない。自分でもどういうわけか分からないのだが……一条が、何処か遠くへ行ってしまいそうな気がしたんだ。」
「………っ。(見透かされてる…?)」
「違うのなら、聞き流してくれて構わない。何か、事情があるのかもしれない。君が望んで遠ざかりたいのなら俺は止めない。…でも、もしそうでないのなら………俺は誰が忘れようとも、一条を待つ。」
「手塚さん……。」
「…だからいつか、また俺のそばで笑ってほしい。」
この人はどうしてこんなにもよく見ているのだろう。
どうしてこんなにも優しいのだろう。
きっと見透かされていたのだ、私の浅はかな強がりなんて。
そう思うと突き放せなかったし、思わず泣きそうになったので体勢的にも、少し手塚さんの胸を借りることにした。彼がどんな顔をしてるのかなんて分からない。でも抱きしめる腕の強さから、その必死さは伝わってきた。たぶん手塚さんは不二さんたちの分も込めて、必死に私を助けようとしてくれている。
「……分からないんです。どうなるか。どうするのかも何も分からない。だから待っててなんて言えないんです。」
「一条…。」
「それでもいつかまたは存在してると私は期待してるんです。だから………待たないでください。」
「………?」
「待たなくていいので、そばにいてください。また、助けてください。私からの…お願い、です。」
そう、よくよく考えれば別に『一条美里』自体が消えるわけではないのだ。もう二度と『私』に自殺したいと思わせないように助けてもらえばいい。そういってずっとこの人たちと『私』の関係が続くのであれば、私がここに存在した意味もあるのではないだろうか。
そう思うと少し元気が出たので、黙り込んでしまった手塚さんの腕をそっとほどいて、一歩下がった。
「でも、手塚さんにそう言ってもらえてすごく嬉しかったです。」
「…いや、あれは俺の本心だ。そしてきっと不二たちもそう思っている。一条が助けて欲しいと願うならいつでも手を差し伸べるし、そばにいよう。」
手塚さんも納得がいったのか、優しく目を細めて微笑みながら頷いてくれた。
私も腑に落ちたので少し寂しいと思いつつも微笑む。
「では、今度こそ帰りますね。送ってもらってありがとうございます。手塚さんも帰り道、お気をつけて。」
「ああ、またな。」
「ええ、……"さようなら"」
振り返り、足を進める。
もう振り向かない。私は帰らなければならないから。
寂しげな手塚さんの表情と雰囲気には気づかないふりをした。
(あえて告げたその言葉は、私を一番傷つける)
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