見透かされたサイン
朝が来れば嫌でも目が覚めてしまう。来なければ良いのにと願った朝ほど晴れやかにやってきてしまうものらしい。
というわけで1ヶ月お試しトリップの最終日の朝を私は絶賛寝不足で晴れやかに迎えました。
「うぅ〜…眠い……。」
なんとか授業は乗り切ったものの、お昼ご飯を食べた後の眠気が普段以上に襲いかかってくる。思わず呟いた一言は屋上の空気に霧散した。
(昨日、夕方にかけていっぱい寝ちゃったもんなぁ…それは夜眠れないよなぁ……)
それに加え昨日の夜、何だかんだで日記をまとめたり、青学の皆さんにご心配おかけしましたメールを送ったり、昨日大会があった人たちに連絡していたらすっかり眠気が消えてしまったのだ。
あと、手塚さんの事を考えていたら眠れなくなってしまったという流れもある。
(別に誰が悪いわけでもないし、一条美里が消えるわけではないとは言え………心配をかけてしまったなぁ…)
明日には消える私という中身に、私自身どう気持ちの整理をしたらいいのか分からない。そして完全にそれは見透かされていた。不器用な私は差し出された助けの手に縋れずに、手塚さんを、もしかしたら傷つけてしまったのかもしれない。
何なんだよもうどうすればいいのさ…と若干後ろ向きになり始めたところで突然携帯が鳴った。確認しなくても分かる。大体この時間にかけてくる人は決まっているし、それ以上に最終日というこの日に多分かかってくるだろうなと思っていた人だ。2コール目で出ると、『…今日は早ぇじゃねーの、アーン?』という低音が耳元に流れ込んできた。
「こんにちは、跡部さん。関東大会ご出場おめでとうございます!」
『ああ、もう知ってんのか。ありがとよ。』
「もう知ってるも何も私、応援行きましたから。」
『(氷帝の試合を…俺を、見たということか……!?)』
「あ、でも私が行った頃には氷帝学園の試合は終わってたみたいで…試合、見れなかったんですけどね。」
『(そんな事だろうと思ったぜ…!)それは残念だったな、俺様の美技が見られねぇで。』
「跡部さんの試合見てみたかったんですけどね…。とにかくお疲れ様でした。」
『フン、何もう終わった気でいやがる。俺たちの快進撃はここからだ、よく見ておけ。』
「それは是非とも楽しみにしておきます!」
いつも通りに自信満々な跡部さんに少し笑いつつも言葉を返す。笑ったことで寝ぼけていた頭は少しスッキリとした。
今日の跡部さんはご機嫌みたいで楽しそうに氷帝学園のこれからの試合であったり、イベントであったりを話し始める。それを私は妙に冴えた頭で聞いていた。
(私が参加することではないとはいえ…楽しそうだなぁ、跡部さん)
近くで彼が見る世界を見ていたいと素直に思うものの、私にはその時間と権利がない。欲してやまないものほど、やはり簡単には手に入らないらしい。思わずしんみりしたのが見抜かれたのか、跡部さんは少し言葉を止めて、私の名前を呼んだ。
『美里?』
「…っと、あ、…どうかしましたか??」
『(どうも何も今日の美里は何か違和感を感じるが…) お前こそ、何かあったのか?』
「う、…っえ、いや、何もないですよ。やだなぁ、跡部さんったら。」
『(言わねぇっつー事は言えねぇっつー事か…?)』
(跡部さんが鋭すぎて怖いんですけど!?)
それはいつもの事でもあるけど今日は特に冴え冴えな気がする、と身構える。そしてボロが出る前に話をそらす事にした。
『………。』
「…あ、そういえば跡部さん、この前の試合のお話もっと聞きたいです!」
『……美里がそう言うならそれでいいが…無理は、するなよ。それより前の試合の話より次の試合の事の方が話してて楽しいだろ。』
「そ、そうですかねぇ?」
『ああ、次こそは氷帝の応援に来るんだろうな?アーン?』
もちろんです、と即答したかった。
そう自信を持って答えられたら、跡部さんの期待に応えられたらどれだけ良かったか。きっと勘のいい跡部さんはどこかで気がついているし、その上で私が話せない事まで見抜いている。
思わず言葉に詰まってしまったが、取り繕うように少し笑って答えた。
「私なんかの応援がなくったって、氷帝学園は…跡部さんは、きっと大丈夫ですよ。」
『……確かにそうかもしれねぇが、そういう問題じゃねぇけどな。』
「………?」
『…俺はお前に、美里に、見に来て欲しいっつってんだ。お前の声援が欲しいんだよ。』
「…あ、跡部さん。」
『あぁん?』
「お気持ちは嬉しいんですけど、私、」
(何て言ったら良いんだろう…こうしていつも跡部さんの優しさに甘えてるんだよなぁ、私は。)
でも本当に分からなかった。そう言われて素直に嬉しかったからこそ、返す言葉が見つからず更に私は逃げるしかない。跡部さんが言葉を選びつつも私を呼び止めてくれてる事が、本当に嬉しいはずなのに。
「…ありがとうございます、そう言っていただけて素直に嬉しいです!…でも、あれ、私、ちょっと用事があって見に行けないかもしれなくて。心の中ではいっぱい応援してますから!」
『…………。(やはり、言いたがらねえ、か)』
「すみません、跡部さん、ちょっとこの後用事があって急ぐので…、さ、さよう」
『美里。』
どれだけ用事があるんだよありすぎだろ私というツッコミを抑えつつ、ボロが出る前に寂しくなる前に電話を切ろうとしたのに、跡部さんの真剣な声色に名前を呼ばれて切るに切れなくなってしまう。
かつてないほど真剣な声は真っ直ぐ私の耳と脳内を突き抜けた。
「跡部さん…?」
『なあ、…美里、さようならの語源を知ってるか?』
「え、…いや、知らないです。」
『諸説は様々だが、元々さようならは"左様ならば、仕方がない"という意味を持つらしい。』
「左様ならば仕方がない……?」
『そうだ。そこには、その別れに対する諦め、すなわち、別れという事実を不可避なものとしてそのまま受け入れようとする思想が含まれているみてぇだが。』
「…思ったよりも後ろ向きなんですね、日本人の別れ方は。」
突然話し始めた跡部さんの声に耳を傾けつつも、日本人は思っていたよりも重い言葉を別れ際に放っていたのかと思うと少し苦笑が漏れた。そんな私に対して跡部さんは随分と真剣な口調で続ける。
『まあ英語では"またな"で別れるから比較するとどうしてもな。だがこう聞くとネガティブにも聞こえるが、実は2つの意味があるんだぜ?』
「ふたつ…?」
『1つは、状況に抗うことなくあっさりと諦めるというそれで、もう1つは、…潔さ、美しさとしてのそれだ。』
言葉が途切れた。
無音で、無言で、問い詰められてる気さえする。
『………、何となくお前に何かあったんだろうなという事は予想がつく。俺様に言えないという事もな。だがな、俺様だって何でもかんでも分かるわけじゃねぇし、言葉に出してもらわねぇと分かんねぇ事だってある。…よく覚えとけ、俺様はお前が思っている以上にお前を心配してるし、もっと色々と知りてぇと思ってんだよ。』
「あ、跡部さん…。」
『遠慮も別れも受け付けねぇ。待っててやる。』
(…ずっと思ってたんだけど、跡部さんってどうしてこんなに優しいんだろう。いつもいつもこんな私を気遣ってくれるなんて…。)
こんなにも優しい人にこれ以上嘘が吐けるわけがないし、吐きたくもなかった私は弁明など一切せず、精一杯の感謝を伝える事にした。
「跡部さん、色々とありがとうございました。いつも、楽しかったです。」
一呼吸おいて、丁寧に丁寧に紡ぎ出す。
「さようなら。」
『ああ。…See you again.』
私の丁寧さに応えるかのように流暢に発音された別れの挨拶と"again"の部分を強調して発した跡部さんに少し笑いつつ電話を切る。
自分から突き放しておいて可笑しな話だけれども、ふっと空を仰いだ瞬間に、一粒だけ涙がこぼれた。
(呼び止めて、呼び戻して)
(いつかまたを待つあなたに)
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