甘えた腕の中




乾さんではないけど、もはや理屈ではない偶然に苛まれている気がして頭を抱えたくなった。

あれから、授業も無事に終えた放課後、いつものスーパーの近くの公園で何となく跡部さんの事を思い黄昏ていた私は「よう、美里!」と呼びかけられて笑顔を作りつつ顔を上げた。

「こんにちは、ブン太さん。」
「あれ?今日は1人なんだな。」
「そうですね、たまたま通りがかってうちに帰るのもまだ早いしなぁと思って…。」

黄昏てましたなどとは当然(恥ずかしくて)言えないので濁すと、「親と喧嘩でもしたかー?」とブン太さんが笑ったので釣られて笑っておいた。

「それはそうと、ブン太さんは今日は部活はないんですか?」
「あー、テスト期間だから休み。」
「王者立海もテストだとお休みなんですね。」
「さすがに勉強しねーとマズイしな、赤也が。」
「あかや……?」
「ほら、この前風邪ひいて美里に迷惑かけちまった後輩。」
「…あ、切原くんの事ですか?勉強苦手なんですね〜。」
「(しまった名前教えちまった…もったいねぇ)特に英語が壊滅的でひでぇもんなんだぜ。っつっても俺も人のこと笑ってられねーんだけどな。」
「ブン太さんは要領良さそうですけどね…?」
「ま、人並みってやつだよ。美里は…頭良さそうだよな。」
「たぶん人並みにはできる方かと。」
「やっぱりか〜!また今度教えてくれよぃ!」

相変わらずブン太さんとの会話はリズミカルで心地良く続く。しかし笑いつつも交わしていた会話のキャッチボールは"また今度"の約束ができない私のせいでパタリと止んでしまった。
一瞬だけ止まった空気に言葉が紡げずにいると、更に一瞬だけブン太さんと目が合う。どうしようと戸惑いながらもとりあえずフッと笑って誤魔化してみたらブン太さんは何故か顔をそらしてしまったのだった。(なんか耳が赤い?)

「(……?何だ、今の間…?っていうか笑顔可愛すぎだろぃ!)」
「ブン太さん…?」
「っな、何だよ!!」
「いや、すみません何でもないですけども。…どうかされました?」
「俺も別になんでもねーよ!」

何でもないならそれでいいかと思いつつも、また今度を上手く誤魔化して切り抜けられたことにホッとする。あと少しだから、あともう今日が終わればそれまでだから、どうかこれ以上嘘を吐かずに行ってしまいたい。

「じゃあ、ブン太さん。私、暗くなる前に帰りたいので…。」
「ちょっと待てよぃ、送ってくぜ?もう暗くなり始めてるし。」

ボロが出る前に立ち去ろうとしたものの、同じく立ち上がったブン太さんに手を掴まれてしまった。こうとなっては断るのも失礼だろう。
(しまった…一歩遅かったか…)
とはいえ悪い気はしないので、その手を握り返して微笑んだ。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。」


*****


ブン太さんと色々な話をしつつ、夕暮れの道を歩く。大抵の話はテニスについてとスイーツについてでこの人も変わらないなぁと自然と笑みがこぼれた。
(そういば初めて会った日もこうして送ってもらったなぁ…その時もお菓子の話してたっけ)

たかが1ヶ月とはいえブン太さんにもたくさんお世話になったなと思い巡らせる。よくスイーツバイキングだの何だのでお菓子食べに行ったし、お菓子作ってケン太くんとヨウ太くんにもあげたし、一緒に遊んだりもしたし。お菓子仲間としてもそうだけれども、私にとってもまるでお兄ちゃんの様な存在でいつも楽しかったなぁと思いつつ顔を上げると、もう私の家の近くまで来ていた。

「確かここだよな?」
「はい、このマンションです。いつもいつも送っていただいてすみません。」
「いーんだよぃ、俺が美里のこと心配なだけだし。」
「…ふふ、いつもそう言って心配してくださってありがとうございました。」
「美里のこと大事に思ってるし何かほっとけねぇっつうか…あとあれだ、母ちゃんにも言われてるしな!」
「それでもいつも嬉しかったです。ブン太さんはお兄ちゃんみたいで…。」

(ダメだ、どうしてもしんみりとしてしまう…)
お世話になったから、ちゃんとお礼を伝えないといけないのに、私の口はこういう時は上手く回ってくれなくて、泣きそうになる。こんなにも別れが寂しくなるなんて思いもしなかったんだ。私の外身は明日以降も存在するから、別にちゃんとさようならをする必要はないのにも関わらず、心や口が勝手にさようならをしたがって困る。

そんな私の様子を察したのか、不思議そうにしつつもあえて先程よりも明るい声でブン太さんは笑った。

「おう、ありがとな!でも、なーにそんなもう2度と会えねーようなこと言ってんだよ!またすぐ会えるだろぃ?今度ケーキバイキングでも行こうぜ。」

もうこれ以上、嘘がつけなかった。
言葉を笑顔に置き換えて私はブン太さんに踵を返した。出来るだけ、震えないようにお腹に力を込めて言葉を発する。

「さようなら。」
「ちょっ…おい、美里!?」

ブン太さんの驚いた声に振り返らないように歩みを進めると、「待てよぃ、美里。」と、彼らしからぬ真剣な声で呼び止められた。思わず少し足が止まる。すると直後に手首を掴まれ、ブン太さんの腕の中に後ろ向きで抱きとめられた。

「ぶ、ブン太さん…?」
「…っんだよ、それ。」
「えっと……?」
「何だよ、それ。何で逃げんだよ?また今度の約束してくれねーんだよ、どっか行こうとしてんのか!?もう、帰って、こねぇのか…?」
「………。」
「美里がいねぇとみんな悲しむだろぃ。なぁ、なんか答えてくれよ…!」
「………。」
「…………。」
「…ごめんなさい、ブン太さん。」
「何で、…謝んだよ。やっぱりいなくなっちまうのか?」
「…私自身が、いなくなる訳じゃないんです。でも、ブン太さんの知ってる私じゃなくなるかもしれなくて。」
「…それって、どういう、」
「ブン太さん。」

ブン太さんの真っ直ぐさに負けてついつい色々と話してしまいそうになるが、これ以上は私の口から言えないし、言ってしまってはいけない事だ。


そんな思いを滲ませつつ、振り返りつつ強く彼の名を呼んで、しっかりと見上げた。今度はもう目を反らしたりしないように。


「いつもブン太さんの優しさと明るさに助けられてました。私、寂しがりやで弱虫なんです。だから………また、構ってください。」

ブン太さんと合わせた目線をそらすことができなかった。
探るような悲しむような不思議がるような彼の目線を受け止めたその間は、まるで永遠にも一瞬にも感じて。しかし暫く見つめ合った後、彼はそっと、目線をそらして言葉を発した。


「…おう、当たり前だろぃ。これからもシクヨロ!」

察してくれたのか、もう追及する気がないのか、ブン太さんは妙にスッキリしたような顔で笑顔をくれる。それはまるで、出会ったあの日のようで。私は懐かしみながらも柔らかい笑顔を作ってみせた。

「シクヨロ、です。」




例え中身がこの私ではなくとも、この人を傷つけないためにも、こちらの『私』が寂しい思いをしないためにも、この関わりが続けばいいと思ったんだ。

そっと腕を解いたブン太さんからすり抜けて笑顔で手を振った。


(呼び止めて、呼び留めて)
(行かないでと聞こえた気がした)



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