初夏の誘い




いらない世界だと思ってからは早かった。
何かショックな出来事があったわけではない。例えばメスシリンダーに溜まり溜まって表面張力で耐えてたそれが、溢れてしまっただけなのだ。





――その日は、雨だった。

どんよりとした蒸し暑い空気が身にまとわりつく。酷い土砂降りで落ちていく先の地面すら見えない。とある学校の屋上に佇む少女がいるそこは、所謂フェンスの向こう側。ただただ無表情に地面を見下ろす彼女に傘はなく、ずぶ濡れのまま口元だけで嘲笑ってみせた。


「ああ、やっと終わる」と細い声が響く。



こんな事になってしまって、ごめんなさいね、わたし、と少女は遠い世界のもう一人の自分に思い馳せた。






*****






目が覚めたらそこは、本来の彼女のベッドで、夢が終わった事を否が応でも突き付けられた。そこからはいつも通りの日常が待っていたが、彼女のいない1ヶ月トリップの間にできた友人達からの連絡は返さないようにした。もう一人の自分との絆に介入する気が起きなかったのだろう。

日々は順調に進んだが、とある日を切っ掛けに暗転した。

足も治り、なんとなくテニスがしたくなったので部へ赴くと、自分の退部処理が為されていた。おかしいと思い、部長へ問い詰めると「あなたなんか要らないのよ。これ以上、出しゃばらないで」と突き返される始末。
それでももう一度みんなとテニスがしたくて、部長に会いに行ったのが悪かったのだろう。階段の踊り場で話かけたところ、「もう、鬱陶しいわね!」と拒絶した部長がたまたまバランスを崩し数段の階段を落ちてしまった。

そこからが悪夢だった。


部に入れてくれないから部長を突き落としたという噂が回り、学校中が簡単に敵に。
向けられる悪意、悪口、いじめ、…信じてくれる人も信じられる人もいない日々が1ヶ月弱続き、少女は日に日にやつれていった。
守おじさんは長期出張で帰ってこない。
相談できる相手もいない。
少女の心が壊れるのは時間の問題だった。

挙げ句の果てに大切にしていた両親の形見のラケットがズタズタにされ、土砂降りの中ドブに捨てられたから、もう、いいかという気分になってしまったのだ。




それだけの事、…然しながら傷ついた少女が人生を諦めるには十分の事だった。





*****





――ああ、やっと終わる、やっと解放される。


遠いアスファルトも見えない雨が、おいでおいでと誘っている。
ふわりと、一歩踏み出して身体が傾く感覚に身を任せれば。

少女の身体はいとも簡単に、屋上から姿を消し、地上へと吸い込まれていった。




――嫌い、嫌い、こんな世界なんて、さようなら…



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