目覚め
―――君に幸あれ…
優しい言葉が響く、優しい空間で、永遠にも一瞬にも感じられる時間を過ごした気がする。
もう一度、チャンスを貰った。
今度は強く強く生きるんだ。
(ああ、起きなくちゃ…)
パチリと目を開けると、白い天井が目に入る。横たわっている感覚、横目に入る白いカーテン。香る薬品に掌の温もり。
そして少し流れる記憶は優しさと寂しさを運ぶ。
(自分の名前…一条美里…14歳…よし、ちゃんと分かる)
(病院…かな?そっか、飛び降りたけど助かったんだっけ、私)
怪我とかしてないと良いな…と思いつつ、恐る恐る上半身を起こすと何事もなく起こせた。どうやら肋骨折ったりとかはしてないらしく、安心する。
見渡すとベッドの隣には椅子に座った守おじさんが私の手を握りながらうとうとと寝ていた。クタクタの洋服から恐らくずっと付いていてくれてたのだろうという事が伺える。
誰も信じられなくて、誰もが怖かったのに、守おじさんの優しさに唐突に触れて幸せな気持ちが込み上げてきた。
「ふふ。」と思わず笑うと、その声が聞こえたのだろうか。守おじさんは目をバチっと開き、更に驚愕した様に目を見開いた。
「美里……ちゃん……?」
はい、美里です、そう声にしたかったが、何故か「はい。」と答えるので精一杯だった。そんな私に対して守おじさんはガッと手を握って詰め寄ってくる。
「…えっ?うそ、本当に?夢じゃないよな?!イタタタ、痛い、現実だ。あっそうだ、美里ちゃん屋上から落ちて…っ。痛いところはないかい?!記憶は……あ、大丈夫だよな、違う、ナースコール!!」
突然スイッチが入った守おじさんは私が起きた事に喜びつつも、慌ただしくナースコールで看護師さんやお医者さんを呼び出してくれたのであった。
そして数分後、バタバタと看護師さんとお医者さんが集まってきたのだが、どういう訳だか人が集まるにつれて段々と身体が重く、呼吸が荒くなってきた。
(はぁ…息苦しい…何だろ…?)
わらわらと集まる人と、自分に向けられる視線。それに気づいた時に異変は起こった。
「………ッヒュ、ハァ、ハァ…ッ。」
「…!?美里ちゃん!?大丈夫かい!!」
(くる、し……か、過呼吸…!)
とにかく息苦しくて気持ち悪くてシーツを強く掴む。涙目で周りが何も見えなくなるが、人の気配が蠢いていて、恐怖を感じる。
守おじさんが背中を撫でてくれるのを感じつつ、私の身体は唐突に、電池が切れたかのように倒れこんだのだった。
*****
目を覚ますと、暗くなった病室と、心配そうに私の頭を撫でる守おじさんが視界に飛び込んだ。
「……あ、もう呼吸は辛くないかい?」
そう問いかける彼に、「大丈夫ですよ!心配をおかけしてすみません!!」と返したかったのだが、溢れた言葉は
「だいじょうぶ。」
という掠れた一言だけだった。
(…やっぱり、思ったように言葉がでない)
考えてる事と口から出る言葉のギャップがありすぎて驚くしかない私に、守おじさんはとりあえずお医者さんを呼んでくれた。今度は1人で現れた先生(初老のイケメン)に、一通り質問に答えたり、身体を診てもらった所、擦り傷などはあるものの特に問題はないとのこと。落ちたのが雨の日でしかも植え込みだったので、木や植え込みがクッションになってくれたらしい。
「それから、さっきの様子を見て思ったんだが、どうも知らない人が多いと君は精神的に圧力がかかって過呼吸が起こってしまうようだね。…担当医として学校側に君の飛び降りた経緯などを聞いた限り、人が怖くて、自然と身体が心を守ろうとしてしまうんだろう。ストレス性の様なものだから少し様子を見ながらゆっくり治していこうか。」
「(あ…やっぱり、そうだったんだ。傷つく前に身体が私をフェードアウトさせちゃうのか…)……わかりました。」
「本当に大きな怪我をしていないかという検査や、心のリハビリも行っていきたいから、少しの間入院してもらおうと思う。大丈夫かい?」
守おじさんの方を向くと「勿論です。」と頷いていたので、倣って私もこくりと頷いた。
「あとは何か気になる事や身体の異変はある?」
(あっ、ついでにこの言葉が出ない症状についても聞きたいな…)
でも言葉出ないしどう説明しよう?と悩んだが、ふと思いついて守おじさんの胸ポケットにあるペンを指さし貸してほしいアピールをする。どうやら通じたみたいで無事にペンを手に入れ、近くにある紙に文字を書いてみると、驚く事にこちらはスラスラと"話す"ことができた。
思ってる事と口から出る事のギャップが激しいという内容を綴ると、守おじさんは非常に驚いた顔をする。先生は眉根を寄せた。
「…何とも言えないが恐らく、これもストレス性のものだろう。意識自体はハッキリとしている様だから、脳に問題があるとは考えづらいが……とは言え、こちらも少し様子を見ながら治療していこうか。私の方でもまた調べておくよ。」
「(ですよね…とりあえず様子見ですよねぇ……)わかりました。…お願い、します。」
ペコリと頭を下げると、「お大事にね。」と微笑んで先生は退出する。少し落ち着いた後、守おじさんは肩の力を抜いて泣きそうな顔で呟いた。
「良かった………本当に、良かった。」
その一言で自分のしてしまった事の重大さを感じて自然と眉尻が下がる。
「守おじさん、…ごめんなさい。」
紡ぎたい言葉は色々とあったけど、どれも上手く音にならず、口から溢れたのは心からの謝罪だった。
そんな私の気持ちを汲み取ってくれたのだろう、守おじさんは微笑みながら小さく、「生きててくれて、良かった」と呟いた。
「話は聞いてるよ…大変な時にそばにいてあげられなくて、すまなかった。」
(そんな…守おじさんは何も悪くないのに…!)
そんな気持ちでふるふると首を左右に振る。私も、何があったのかきちんと話すべきなのかもしれない。そう思うものの何からどう口にすれば良いのか分からず、困った様に黙ってしまう。
すると、そんな私を気遣ってか、守おじさんは快活に笑ってみせた。
「美里ちゃんが話したいタイミングで、話してくれれば良い。何せ3日も眠っていたんだ、今すぐには語りきれないだろう?」
「(私、3日も眠ってたの!??)…うん。」
「おじさんも少し休みをもらったから、暫くは話す機会も増えると思うし、ゆっくり美里ちゃんの話を聞かせてくれ。」
「ありがとう、守おじさん。」
待っててくれる守おじさんに感謝をしつつ、もうこの人を心配させないように元気に生きていこうと誓った。
言葉の事や、他人が怖い事、色々な不安の種はあるけれども時間をかけて向き合っていけると良いと思う。何せもう絶望的な状況ではないのだ、二度目の人生楽しく生きたい。
(動けるようになったら何をしよう?どこにいこう?新しい世界を沢山見に行きたいなぁ)
そう思うと俄然楽しみになってきて、
「生きるの、たのしみ。」と呟くと守おじさんにほっとしたように優しく微笑まれ、私も満足そうに微笑み返したのであった。
(逆境を乗り越えて生きる)
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