救いの電話 (side:跡部)




――俺は、テニス部の部長だ。

そんな一言も届かない世界に、俺は生きているのかもしれない。

『キャーッ、跡部様!!』
『素敵ですーっ! こっち向いてくださいぃ!』
『跡部様は何でもお出来になりますのよ』
『この間のテストも学年トップで!』
『流石生徒会長ですね!』
『生徒会長、この資料ですが…』


……るせぇ……


『いやあ、跡部くん。今回の模試も良い結果だった、この調子で我が校の学力レベルの高さを見せつけてやろう』


……うるせぇ。


『ああ、景吾君聞いたよ。君が率いるテニス部は強いそうだね、今年も全国へいくのだろう。楽しみなものだな』
『景吾君! 君の噂はよく聞くよ、将来は会社を背負い積極的に海外へも進出するのかな?』
『そうだ、この間の取引の話だがぜひ景吾君も……』


……るせぇ、うるせぇうるせぇ。


『跡部くん、君は我が校の誇りだよ!』


「うるせぇ!」
「……跡部、どないしたん?」
「え? ……あ、いや……」

回りを見渡したら昼飯を終えたうちの部の連中が、ピタッと動きを止めてこっちを見ていた。

「あー……あれだ、あんまり騒ぐんじゃねえよ昼飯の直後だろ」
「えー。別に騒いでねーよ!」
「そうだC。普通だCー!」
「……向日にジロー、お前らが一番騒いでんだろーが。一旦落ち着け」
「クソクソ跡部っ!」
「あ、じゃあ向日先輩。一緒にトランプでもしませんか? ね、宍戸さんも」
「あ? ああ、良いぜ長太郎」
「じゃーやるか! トランプなら良いだろ、跡部!?」
「ああ、跳び回る以外ならなんでも良い」
「よっしゃー! やるぜ!!」
「じゃあ俺は寝るCー……くぅ」
「寝るの早いですね」
「ほらっ、日吉もやるぜ!!」
「はいはい、解りましたよ」

トランプを持って遊びだした奴等を見て俺はこそっと肩をなでおろす。

まさかいつの間にか声に出ちまうなんてな……思ったより疲れてんのか?

こめかみを押さえながら欠伸を噛み締める。もしかしたら最近寝不足なのかもしれないが、自分のことなのによく分からない。

「どないしたん? 跡部」
「あぁ? どうもこうもねぇよ忍足」
「そないなこと言うてもなあ……珍しいやん、あんなことで叫んでまうなんて」
「アーン?」
「もしかして疲れとるんやない? アカンでぇ、ちゃんと休まな」
「…………」

くそ、忍足に見つかるとは。ワントーン落とした声で話しかけてきた忍足侑士は、飄々としてるように見えて実は洞察力なんかは良かったりするから、実に厄介だ。今だってヘラヘラ笑いつつも内心では苦笑しているのがよく解る。

「心配は無用だ。……次の時間はサボる」
「生徒会長は良いご身分やなぁ」
「月刊プロテニスの井上さんに電話しなきゃなんねぇんだよ」
「あーそういや取材の話きとったでなあ。ほどほどにせなかんよ」
「解ってる」
「疲れた顔が解っとらんこと表しとるんやけど。……パーティーでも続いとるん?」
「……、まあそんなとこだ」
「ほんで寝不足、と。次の時間は寝るべきやな」
「……医者の息子の忠告だしな、聞いといてやる」
「そらおーきに」

変に鋭い忍足の質問を躱すと、少々呆れたような反応が返ってきたのでサラリと流す。ちょうどチャイムが鳴り、部室から部員を追い出し、数々の視線が交わる廊下を抜けて屋上に向かうと、5時間目の始業を告げるチャイムが鳴った。



疲れてる……ねえ。

ベンチに座って空を見ると少し眠くなってきた。ちょっと寝てから連絡するかという気分になる。目を閉じると、また幻聴が聞こえるような気がしたが今は眠りたい。
学校や会社、パーティー会場など至るところでついて回る跡部の名を疎ましく感じるようになったのはいつからだっただろうか。最初の内はちやほやされて期待されて良い気分だった。良い気分だった……はずなのに。

こんなくだらねーこと考えるなんて、やっぱり疲れてやがるな、これ。

何でも出来ることは自信だ。でもだからこそ期待も大きく、特にこんな世界で生きているからくだらない期待をかけられることも多い。

『跡部くんは我が氷帝学園を有名にするのに必要な人材だ』
『景吾君のお陰でより会社の発展に繋がっているね』

何をするにも期待が大きい。学年トップは当たり前、生徒会長としての采配も完璧。そんなものは当然にこなせる。

でも、テニスだけは……テニス部を全国に連れていくには、俺の力だけじゃ、足りねぇのに。

そうか、最近テニス部にあまり出れてないせいもあるのかもしれない。新学期は色々と忙しいせいで思うように動けない。かと言ってどれかを欠かすわけにはいかないのだ。最初のうちは別になんとも思わなかったのに……不器用になっているのだろうか。何でも出来るということは、実は俺の心だの何だのを蝕んでいるのかもしれない。

俺は……俺は、ただ。
テニスがしたいだけなのに。

他人がそれを我侭と呼ぶ日が来るような気さえもしたけど、俺らしくねえなと笑って誤魔化した。


*****


「もしもし。井上守さんですか?氷帝学園の跡部です。今度の取材について詳細を教えていただきたく……」

結局あれから少し休んで月間プロテニスの井上さんに電話をかけた……はずだったんだが、どういうわけか同居中の姪のお嬢ちゃんに間違えて掛けてしまった。
スムーズにいかないことに少し苛立ち、無意識に舌打ちがこぼれる。らしくない。
意外にも姪のお嬢ちゃんはちゃんとしていて、井上さんの正しい連絡先を訊くときちんと答えてくれた。しっかりした口調な上、媚を売るような声で話さない辺り井上さんの話どおり出来たお嬢ちゃんなんだろう。好感が持てる。とは思うものの疲れているからすぐに切ろうと思ったが、呼び止められてしまった。


『つ、疲れたときは、甘いものが良いですよ!』

は、と思わず間抜けた声が出たことは言うまでもない。学校の連中も気づいてないというのになぜ会ったこともない女に、疲れ気味なのを見抜かれたのか。尋ねてみると、俺の舌打ちと喋り方から疲れを感じたと言う。

このお嬢ちゃん、さらっと本質を見抜いてやがるな。意外に鋭いじゃねぇか。

とっさのことで流石に驚くが、見抜かれたことへの嫌悪感はなかった。むしろ俺のことを解ってくれるのでは……という淡い期待がなぜか胸を過ぎった。辛い苦しいなんて思わない。ただ荷物の処理に少し困ってだけだ。

それだけ、だ。

だから変な意地で否定してしまった。

「俺は疲れてなんざいねぇ」
『ですよねすみません勘違いでした』
「……ただ……、」
『?』
「うっとうしかっただけだ」

何が、だなんて言わなかった。ぽろっと出てしまった言葉に過ぎないのだから。それなのにお嬢ちゃんは見事に返してくれた。

『テニスがお好きなんですね。それだけ夢中になれるものがあってうらやましいです』
『部長になるくらい、お好きなんですよね? それってすごいです。好きこそ物の上手なれって言うじゃないですか。でも好き以上に努力あってのものだと思うので、跡部さんはとても努力されたんですね』

好きと、努力か。
そうか。俺は、テニスが好きなのか。そういえばそうだったな。

そしてそれは他の物にも言える事で、嫌々やっているわけではない。俺が自分で選び取って、俺が俺の意思でやっていることなんだと。だからそれは、荷物でも重荷でもない。俺が勝手に重くしていただけではないか。

そう思うと何かがすとんと落ちて、笑いがこみ上げてきた。

くくっ、結局全部俺のせいか。
それにしても鋭いなこのお嬢ちゃん。テニスが好きだから部長になった、か……。

その真っ直ぐな考え方や存在に、会った事もないのになぜか魅かれる。もう少し話したいと不覚にも思ったところで、授業を終えた忍足たちの邪魔が入ったので電話を切った。



「よう寝れたん、跡部? えらいスッキリした顔しとるやん」
「ああ……、まあな」
「ま、元気になって何よりや」

これはお嬢ちゃんのお陰だろうな。
漠然とそう思いながらなんだかすっきりした気分になった5月の終わり。



俺はこの少女にどんどん惹かれていくことを、当然まだ知らない。



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