その香りに染められて(side:跡部)




それは、5月にしてはよく晴れた日が続いた日の事。
俺の電話を取った美里はなんとなくだが心ここに在らずで、何故か何度も電話越しにパサ……という音が響いていた。

アーン? 俺様を差し置いて考え事でもしてんのか?

どうかしたのかと問いかけようか、いやしかしデリケートな話題だった場合申し訳ねぇしな、と葛藤しつつ会話は進むが、『あ、枝毛……』と呟いた美里に、ああ、なるほどと謎が解けた。


「髪の毛、傷んでんのか? そういやここ最近は日差しが強かったしな」
『え……あっ、え、すみません、私……!』
「ああ、心ここに在らずだったぜ」
『なんという失礼を! せっかく跡部さんがお電話してくださってるのに、すみません!』
「気にすんな、お前が気もそぞろで少し気になっただけだ。で? 髪の毛は大丈夫なのか?」
『心配してくださってありがとうございます! でも髪の毛は傷んでしまってて……』
「確か美里はロングヘアだったよな。長い髪は毛先が特に傷みやすいから気をつけねぇとな」
『あれ、私ちらっと話したことしかなかったですよね? よく覚えてますね……!?』

よく覚えてるも何もお前の言ったことは大体忘れてねぇっつーの。

などとは流石に言えるわけがなく「まあ、な」と自信を持って笑う事で誤魔化した。

『長い上に毛先だけ癖毛なので余計に傷みやすくって。しかも最近シャンプーとトリートメントを変えたら余計にパサついてしまって』
「アーン? もしかして市販のやつでも使ってんのか?」
『え、よく分かりましたね!? 元々はお取り寄せ品だったんですけど、切らしちゃって仕方なく……』
「メーカーが分からずとりあえず市販で凌いでるっつー訳ね」
『はい……髪に合ってるしそれなりにまとまりは出るんですけど、やっぱりお取り寄せ品と比較するとどうしてもパサパサするのが気になってしまって……ダメですね……』

贅沢者ですよね、と苦笑した美里に「良いもんを知ってるから仕方がねぇ」と返しつつ、さてどうしたら彼女の憂いは晴れるのかと考える。
すると彼女はそういえば、と言葉を続けた。

『跡部さんはどこのシャンプーをお使いなんですか?』
「気にした事なかったが……確か、"Rosa de la Luz"だ」
『ロサ・デ・ラ・ルス……?』
「ああ、スペイン語で"光る薔薇"という意味だ」
『お、オシャレですね……! ロサ・デ・ラ・ルスかぁ……ん? 跡部さんもしかしてそれ結構お高いものだったりします? ネットで最高級シャンプーとして見た気がするんですが……』
「シャンプー1本で5万程度だ。別に高かねぇよ」
『け、桁が違う!! あ、跡部さん、それ一般人には高いですよ……髪に良さそうですけど。でも跡部さんは枝毛とかなさそうなので激しく納得です……』
「……そういうもんなのか?」

美里に言われて確かめてみようと髪を触るとさらりと髪が指から溢れた。という事は手触りは良い方なのだろう、比較対象がいないのでよく分からないが。鏡などを見る時も髪にツヤはあるしな……と思いながら1本髪の毛を抜いてみるが枝毛なんてものもない。そもそも枝毛という存在をあまりよく知らない。都市伝説か?

「確かに枝毛とやらはねぇな」
『でしょうね……。跡部さんの髪の毛、大切にされてて羨ましいですし、枝毛がないとか更に羨ましいです』
「そんなに気になんなら俺様のシャンプー使ってみるか? 美里にならプレゼントしてやるが」
『え!? いやいやいや申し訳ないです、というかもったいないですよ! 自分で買うので、いやさっきのは流石に買えないですけど……あ、そうだ、もう少し安くてオススメのものがあったら教えてくれませんか?』

あまりにも羨ましそうな声を出した彼女は、きっと本当に髪の傷みが気になっているのだろうと簡単に予想ができたので、シャンプーを送ってやろうかと思ったもののアッサリと断られてしまった。こういうところは相変わらず謙虚だよな。代わりに投げかけられた質問に答えてやりたい気持ちは山々だが、生憎俺様はそんなに詳しくはない。

「急にそう言われてもな……。成分はともかく、香りの好みとかもあるだろ」
『か、香り、ですか』
「例えばお前はどんな香りのもの使いてぇんだ?」
『使いたい、というより好きな香りは薔薇の香りですね』
「薔薇か、いい趣味してんじゃねぇか」
『ありがとうございます。でも薔薇の中でも甘い香りの中にもキリッと抜けるような気高さもあって……イミテーションの甘ったるい薔薇じゃなくて、ちゃんとしたポプリに使われるような香りが好きです』
「案外わがままだな。ま、気持ちはわかるが」

あの甘ったるいだけの薔薇の香りは俺も嫌いだ。あくまで本物に限る……そういや俺が使っているのも気高くて品の良い香りだったよな。

そう思いつつもここまでくると選択肢はひとつしかない、やはり質や香りなどどう考えてもRosa de la Luzに勝るものはないと思う。美里には告げないがこれで決定だ。たった今思い出したが、それを作っている会社は跡部財閥の傘下だったはずだ。

「悪ぃな、美里。アドバイスの一つでもくれてやれると良かったんだが、やはりRosa de la Luzが一番だ」
『あーまあ、ですよね、何となくそんな気がしてました。跡部さんは良いものは良い! って主義ですもんね』
「確実に俺が使って良かったものしか勧めたかねぇしな」
『ふふ、跡部さんらしいです。じゃあ私は私でネットとにらめっこしながらまた探してみます〜』
「……その必要はないぜ」
『はい??』
「まぁ、楽しみに待ってろ」
『あ、跡部さん? それってどういう意味……ってまさか、』
「じゃあまたな、美里」

何か言いかけてたが知らないふりして色気たっぷりにそう言ってやると、彼女は照れたように『う……ま、また……です』と返してきた。可愛いやつめ。どうせくれてやるなんて言っても断られるだけだから勝手に送りつけることにする。

「…………美里と、お揃いのシャンプーか」

悪かねぇな、という言葉はしっかりと心の中にとどめておいた。





そして後日かかってきた電話にて、彼女が嬉しそうに『跡部さんと同じ香りなんですね』と爆弾発言をかましたせいで、柄にもなく言葉に詰まり照れる羽目になるとは、このときは思いもしなかったのであった。





*****





跡部さんに電話越しに髪の毛の傷みを気づかれてしまった翌日。私は玄関で立ち尽くしていた。そんな気はしてたけれども段ボール箱ワンケース分のRosa de la Luzと記名されたシャンプーとトリートメントが届いたのだ。心底ぎょっとしたことは言うまでもないだろう。

「跡部さん……いいって言ったのに……」

1本5万円もする高級品をどうしてこう、ポンポン送ってくるのか謎で仕方ない。しかし送り返すのも非常識だろう。興味はあるし申し訳ない気持ち半分、嬉しい気持ちも大きいので今度素直に電話でお礼の言葉を伝える事にした。
ちなみに届いたその日に早速使ってみたところ、とてもサラサラでツヤツヤのダメージレスな髪の毛になった上に、どんぴしゃで好みの薔薇の香りだったので「流石跡部さん!!!」と感動した事も言うまでもないだろう。

今もふわりと髪がなびく度に香る上品な甘い香りに心躍らせている。

もしかして、跡部さんも同じ香りをまとっているのだろうか。そう思うと照れくさいような嬉しいような不思議な気持ちになったので、お礼がてら今度伝えてみようと心に決めた。



そして伝えてみたところ、当たり前のように『……アーン? 俺様と同じ香りなんだ、光栄に思え』と返ってきたことはお察しの通りである。



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