自己満足




人の記憶は儚いもので、例え忘れたくなくても簡単に忘れてしまうことなど多々ある。況してや恋愛に至っては移り変わりが激しいもので、いつの間にか感情が薄れていた…なんて、日常茶飯事。そんな中で、この気持ちを憶えておくにはどうしたら良いんだろう。確かに好きなんだ。ふわふわしてドキドキしてキュンキュンして……どこか切なくて。苦しくて、悲しくてでもたまに嬉しかったりするから、この感情は厄介だ。

例え、見つめる先の彼の隣に可愛いあの娘がいたとしても消えてくれないこの感情は、とてもとても厄介で。なのにその感情を忘れたくないなんてどうかしてる。

苦しいはずのに、失いたくない。でも早くなくしてしまわなければ私は、これ以上は我慢できない気がする。この気持ちを抱えて約半年。どうしようもなく煮詰まった私は、このどうにもならない感情を想い出に昇華することにした。


*****


「わりぃ、神崎。待ったか?」
「いや、大丈夫。さっき来たところだから…。あ、突然呼び出してごめん」
「アーン? そう思うならさっさと用事を済ませろ」

冷たく聞こえるそのセリフとは裏腹に、跡部君のその口調は柔らかい。1年隣で支えてきた信頼感がそうさせているのだろう。彼は綺麗な蒼い瞳を細めて事も無げに笑う。そのふとした仕草の一つ一つが毎日かっこよくて見飽きることなどないし、もちろん今日もかっこいい。
そしてそんな彼に似合うのは、可愛いあの子、だと私は十二分に理解しているつもりだ。


「うん、そうね。跡部君いつも助けてくれて、ありがとう。肝心なところで抜けてる副会長でごめん」
「部下のフォローをすんのは上司の役目だ。つまりお前のフォローは会長の俺の仕事だから当たり前のことだ。それに最近はミスも減ってんじゃねえか」
「…そっか、ありがとう」

意外にも私は評価されていたらしい。でも、頼むからそんなにかっこよく笑わないで。諦めきれなくなるから。ぎゅうっと心が締め付けられる痛みからか、少し掠れた声を、振り絞る。

「それでね、そんな跡部君に伝えたいことがあって」
「何だ、またミスでもしたのか?」

優しく冗談を言う彼を、見つめる。
平々凡々な私でも、少しは綺麗に見えるように精一杯微笑えと自身を叱咤激励してその一言を放った。



「私、跡部君のことが好きだったよ」




*****


意外と涙は出なかった。
跡部君に彼女がいることは知ってたし、だからこそ「好きだった」と過去形にしたわけだし。跡部君は少し驚いたような顔をして、その後珍しく少し困ったような顔をして、「わりぃ」なんて言うもんだからこっちが困ってしまった。でもなんかその姿がおかしくて仕方なかった。だって女の子に告白されても一刀両断な跡部君が、「わりぃ」ってなに。困らないでよ。諦めきれなくなるわ。とは思いつつ、彼女がいる彼を困らせたくもないので私はあっさり笑って、

「跡部君の隣は、あの子がお似合いだと思う。一番幸せそうだしね。だから……所詮私の気持ちは過去形で、跡部君に対して今は尊敬の気持ちが勝ってるから、安心して」

そう捲し立てた私を誰か誉めてほしい。
最後に絞り出した「聞いてくれて、ありがとう」に涙が滲んだのは許して欲しい。

あっさり諦めきれるほど私はまだ大人じゃないから、やっぱりまだ少し痛むけど。この感情を憶えておく為に「告白」という手段を用いたことに私は後悔はしていない。


自己満足

(そんなことは百も承知で)
(でも諦めるからそれくらい赦して、なんて)






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