眠り姫




彼女は今日も眠っている。それはもうぐっすりと。

「ねえ、起きて?」

一応声をかけてみるものの、起きる気配すらない。俺が声をかけたって目を覚ましやしない。この時間はいつも寝てるからなぁと思いつつ、青白い彼女の寝顔を眺める。午後の光が差し込む病室で、すやすやと眠る彼女は今日はどんな夢を見ているのだろう?
そして起きて、変わらぬこの現実にどれほど気落ちするのだろう?
俺と一緒だ、と思わず乾いた苦笑いがこぼれた。


思い返せば数か月前、彼女に「死にそうな顔だね」と声をかけられたことからこの奇妙な関係が始まった。ちなみにその言葉に対して、すかさず「君もたいがい死にそうな顔だね」と返してしまった俺は悪くない。彼女は少し眉根を寄せて目を細めて、言葉を返してきた、

「綺麗な顔のくせに女の子に向かってひどいこと言うね」
「君こそ初対面なのに、その辺の女子より美しいと言われる俺に向かってなんてひどいことを言うんだ」
「……そういうこと自分で言う?」
「言いたくもなる気分だったんだよ」
「死にそうな顔してたもんね」

そう繰り返した彼女は、一度目の時より少し楽しそうに目の端を緩めて笑ってみせて、「ごめん」と静かに謝ったのだった。

よくよく話してみれば、お互いに余命宣告を持っていることが分かり、お互いに飾らない言葉のやり取りができる相手として認識するようになった。1日数時間、俺と彼女はたわいもない話をしながら命の期限を縮めていく。死に際に思い出すのは彼女の事なんだろうか。そもそも俺も彼女も、あとどのくらい生きていられるのだろうか。眠るそのやわらかそうな血色の悪い顔を眺めて物思いにふけってしばらくすると、彼女はそっと瞼を震わせて目を薄く開いた。目が合うと、起き抜けの彼女は緩やかに微笑む。

「……あ、おはよ」
「おはよう、やっと起きた」
「うん、やっと幸村君が夢にでたから」

さっきまで血色の悪かった頬を薄い紅色に染め、嬉しそうに笑う。彼女は夢に俺がでてこないと起きないらしい。そう言っていつも、眠り続ける。今日はそんな彼女に少し意地悪をしたくなって、思わず問いかけた。

「……ねえ、もし俺が美月の夢にでなかったらどうするの? ずっと寝てるの?」
「ええ、もちろん。だってそうすればあなたはずっと私を見ていてくれるじゃない? 起きていて見つめてくれるのも良いけど、私が眠って起きなくてもあなたは見つめてくれるから。だから、夢で逢うまで起きないの」


ああ、分かるような分からないような。要するに俺がいてくれて嬉しいと、そんな単純な話のような、そうでもないような。余命宣告を持った彼女は「その時」が来たらこの縛りを解くのだろうか。まあ…解かれなくてもいいんだけれど。俺たちの命がどこまでのものかなんて知らないけれど、この平穏な時間と不思議な関係が続けばいい。そう考えつつ彼女のひんやりとした手を握ると、俺はふわりと笑った。

「美月がずっと眠ってしまったら、俺がキスで起こしてあげるよ。」


彼女はきょとんとした後、「王子様だ」とそれはそれは可愛らしく、死の影など感じさせないほど明るく笑ってみせたのだった。


眠り姫

(そう笑う彼女に俺は今日も溺れていくんだ)






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