隣の席の手塚君。




「おはよう」

落ち着きのある声で挨拶をされたから、私は読んでた本から顔を上げて挨拶を返す。

「おはよう手塚君、朝練お疲れ様」

そう言って朝一番の笑顔でほほ笑む。隣の席になって早2ヶ月、手塚君と私の朝の恒例の挨拶だ。この後は、ほんの少し眉間のしわを緩めた手塚君と宿題の話か部活の話をするのだけど……。なぜか今日は眉間のしわが緩まない顔で「ああ」とぶっきらぼうな返事が返ってきたから不思議に思った。


「……朝練、何かあった?」
「なぜ?」
「眉間にしわがご健在です」
「…………」

手塚君は無言で眉間に手を伸ばし、意外とごつごつしたその指でゆっくりしわをほぐす。その後少し穏やかになった顔でポツリと呟いた。

「後輩教育は難しいな」
「……手塚君でも難しいことがあるんだ」
「俺は、……完璧ではない」
「知ってるよ」

そうはっきり告げると手塚君は少し困った顔をする。私が気づいてないとでも思っていたのか。それなら少し心外だ。この2ヶ月隣でずっと見てきたのだから。キョトンとした顔で黙ってしまった彼に、私は少し笑みを浮かべながら続ける。

「完璧そうに見えて実は美術がちょっと苦手だし、怠けることとか出来なさそうだし」
「…………そうか」
「ごめん、落ち込まないで。傷つけたい訳じゃないの」
「わかっている」
「うん、だからね。怠けることが出来ないってことは、怠ける人のことがわからないって事でしょう?すべてを理解できる人間なんていないし、ましてや私たちは中学生なんだから出来ないことのほうが多くて当たり前なんだよ」
「そう、だな」
「うん。だから、」

私はまっすぐ手塚君の目を見つめて口角を上げた。
彼の眼鏡の奥のその目が、少し驚きを含んで大きくなる。

「手塚君は、手塚君らしくいればいいんじゃないかな。その方が後輩君にとってもいい刺激となると思うし。部長なんだからどっしりと構えるべきだよ」

そう付け足すとやっと手塚君の眉間の皺は薄まった。手塚君の頬の強張は心なしかほぐれていて、……これはきっと彼なりに微笑んでいるのだろう。

「…ありがとう、神崎」

そう言って彼は私の頭をそっとなでてくれた。何だこの出血大サービスは。あれ? 何だこれ何で私は動悸が始まった? 何でドキドキしてるんだろ? あっ、手塚君がイケメンだからか。

訳も分からない謎の胸の痛みを抑えつつ、「どういたしまして」と返したところでチャイムが鳴ったので、手塚君が前を向いたのに合わせて私も前を向く。先生が教室に入ってくる頃には、謎の動悸も痛みも収まっていた。さて、今日も手塚君の隣で1日を送るのが楽しみだ。


隣の席の、手塚君。

(ところで、さっきのドキドキは何だったんだろう?)






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