帝統 2020

誕生日だからバカヅキするんじゃないか、なんて、ギャンブルの神様はそんなに甘くはなくて。例によって素寒貧になり、いつものように幻太郎の家に飯をたかりに行くと、なんとなく騒がしい。いつか教えてもらった合鍵の隠し場所を漁る前に試しに玄関の戸を引いてみると、やはり鍵が開いていた。足元に視線を落とすと、幻太郎の靴と、乱数の靴と、それからグレーのパンプス。どっかで見たな、なんて思うが、俺の知り合いでパンプスを履くやつなんてひとりしかいない。
廊下の奥から漏れる光と三人分の声に誘われるようにして歩みを進めると、物音に気付いたのか、向こうのほうから誰かが扉を開けた。

「あ、帝統来た!」

負けたの?なんて残酷なことを尋ねてくるのは、先程のパンプスの持ち主である名前だ。後ろから乱数も顔を覗かせてくる。

「帝統おっそーい!ほら、早くこっち来て座って!」

名前と乱数に手を引かれて部屋へ足を踏み入れると、そこには天板をひっくり返したこたつと、重厚な黒い箱。正面に座っていた幻太郎が「よく来ましたね、帝統」と意味ありげに微笑んでいる。

「こ、これは……?」

そのセットが何を意味しているのか、俺に分からないわけがない。ただ、俺が頼んでもなかなか首を縦に振ってはくれない三人が、進んでこんな用意をしていることが理解できなかった。

「普通に誕生日プレゼントを渡すんじゃ面白くないので、帝統が勝ったらプレゼントをあげます!」

名前が高らかと宣言すると、幻太郎と乱数も頷く。なるほどな、そういうことか。しかし俺からしたら、既にこの状況がプレゼントみたいなもんだなんて、言ったら全員調子に乗るだろうから言ってやらねえ。

* * *


腹を空かせてくるだろうと幻太郎が用意しておいてくれたおにぎりをかじりながら、手元に並んだ牌を眺める。東ラス、俺以外は三人とも少し浮いて三万点と少し。俺だけ四桁。まあ、それでも一万近い、それに今は親番、いくらでも逆転のチャンスはある。なのに。

(……こいつら三人で結託して積んでんじゃねーか?)

そう思ってしまうほど、ずっと配牌が悪い。とはいえ、さすがにこの三人にそこまでの技術があるとは思えないし、ひたすらツイていないだけなんだろう。

「跳満直撃したら帝統飛んじゃうねえ」

さてどうしたものかと頭をひねっていると、対面に座っていた名前が突然口を開いた。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、手牌を指先でするりと撫でる。相当配牌がよかったのか。

「やれるもんならやってみろよ、俺が負けたら何でもひとつ言うこと聞いてやるぜ」

「この状況でよくそんなこと言えるねえ、じゃあ私も負けたら何でも言うこと聞いてあげる」

「帝統、せっかくのお誕生日様なのに、なんでわざわざ自ら追い込まれに行くの?」

「これくらいのほうが楽しいだろ」

言いながら牌を切ると、下家の乱数もひとつ切って、それから対面の名前の番。牌をひとつツモると、名前はまたにやりと口角を上げて、それからツツ、と手牌を端から端まで指でなぞり、一番端の牌を手に取ると、それを横向きにして俺たちに晒した。

「ダブリー!」

「ゲ……」

自分の親番で子のダブリー、しかも先程の名前の発言がブラフでない限り跳満は確定だ。一方俺の手牌は何シャンテンだよ、という感じで、状況は最悪。ちょっと調子乗りすぎたか、と、早速後悔の念が襲う。

「チー」

そんな俺の思考を遮ったのは上家の幻太郎の声だった。細い指が、河から名前の捨て牌を攫う。
名前は「あー、私の一発……」と悲しげな声を上げているが、俺はもう気が気でない。一順目から鳴くなんて、幻太郎の手もほぼできあがっているということだ。

「うーん、これは降りだなあ」

点数に余裕のある乱数は呑気にそんなことを言っているが、俺はそうも言ってられない。
――ここで和了(あが)らねえと、次の親番まで保つ気がしねえ……!

トン、トンとどこか心地よい音とともに、それぞれの河が長くなっていく。
名前も幻太郎もなかなか和了(あが)る気配を見せない。ボーっとしているとリーチをかけられていることも忘れてしまいそうな静けさだ。そんな中、俺は着実に手を進めていて、

(はじめはどうなることかと思ったが……もしかしてこれは……)

着々と増える索子に、混一色……あわよくば清一色なんて思っていたはずが、いつのまにか見えてきた役満の気配。清一色を狙って捨てる予定だった發を、そっと左端へ除けた。
しかし、俺の捨て牌を見れば索子で染めていることは明らか。ベタ降りの乱数から出るはずがないし、幻太郎もさすがに親に振り込むリスクを払ってまで点を取りに来るとは考えにくい。

(ツモるか、リーチかけてる名前からだな……)

名前も俺のテンパイ気配には気付いているらしく、嫌そうな顔をしながらツモ牌を確認している。
そうこうしているうちに本当にテンパってしまった。緑一色って和了(あが)ったら死ぬんじゃなかったっけか、なんてどうでもいいことを考えた。

「乱数と幻太郎のプレゼントって何なの?」

ツモっては切るだけでそこまで頭を使うこともないからか、暇を持て余した様子の名前がふたりに尋ねた。リーチかけてるんだからもう少しワクワクしろよ。

「さあ、帝統が勝ってからのお楽しみですよ」

「じゃあボクもー」

「だってそれ日の目見ないかもしれないじゃん」

「どういう意味だよ!」

幻太郎の捨て牌が変わった。幻太郎も降りたようだ。そんな余裕でいられるのも今のうちだぞ、と名前を見て口角を上げると、さすがに状況を理解しているのか、少し苦い顔をした。

「う……」

残り二、三順だろうか。山の残りを数えていると、名前が突然苦しそうな声を上げた。はじめに俺がバッと顔を上げて、それから乱数と幻太郎も名前のほうを見る。ちょうど名前のツモ番だった。
ああ、なるほど、そういうことか。納得して思わずニヤけそうになる反面、体調でも悪くなったのかという俺の心配を返してくれとも思った。
三人分の視線を向けられて、名前はますますばつの悪そうな顔をする。それから再び手元の牌を見て、大きな溜息をこぼすと、意を決したように顔を上げ、にこりと微笑む。

「帝統、誕生日おめでとう」

* * *


「それでは改めまして、誕生日おめでとー、帝統!」

乱数の音頭で乾杯をして、今度こそ本当にいわゆる誕生日パーティが始まった。いつの間に作っていたのか、豪華な料理が先程まで麻雀をしていた卓に並べられ、床にも馬鹿みたいな量の酒が並ぶ。

「いやー、まさかあそこから勝っちゃうとはねー」

「小生たちのプレゼントがちゃんと日の目を見て何よりですよ」

ね、名前さん、と幻太郎に振られた名前は気まずそうに視線を逸らしてぷるぷると震えている。
乱数と幻太郎からそれぞれ大きな袋や箱を受け取るも、未だ動く気配のない名前をちらりと見やると「さっきのパッソで十分でしょー!」と抗議の声が上がった。

「それはそれ、これはこれだろ?」

そういえば、何でも言うこと聞くとかも言ってなかったっけか。そう指摘すると、名前は今にも泣きだしそうな顔をして、

「幻太郎、帝統がいじめる!」

「おー、可哀想に、酷い男に捕まりましたねえ」

今日の出来事というより、まるで俺と名前が恋仲であることそのものを揶揄するような口ぶりで幻太郎は言った。それも面白くないが、隣の幻太郎に泣きまねをしながらすり寄る名前と、それを受け入れてよしよしと頭を撫でる幻太郎の姿はもっと面白くない。
思わず立ち上がって名前の二の腕をぐいと引くと、名前はきょとんと不思議そうな顔をして、乱数と幻太郎はによによと目を細めた。

「今日ぐらい、俺だけ見てろよ、」

馬鹿、なんて言ったら、いつもはぽこぽこと怒るくせに、名前は目を見開いて顔を真っ赤にするばかりで嫌味ひとつ言ってこなかった。
不思議に思って、じいとその顔を見つめていると「おやおや」と幻太郎が口を開く。

「これは、小生たちお邪魔ですかねえ?」

「そうだねえ、って言ってもここ幻太郎の家だけどね」

「……え。あ、いや、これは!」

にやにやしながら言うふたりを見て、ようやく状況を理解して、慌てて名前から手を離した。

「お気になさらず、いつでも抜けていただいて構いませんので」

「だからそんなんじゃねーっての!」

どすんとその場に腰を下ろし、立ちっぱなしだった名前の手を引くと、そのまま俺の胡坐の上に尻餅をついて、余計に恥ずかしいことになった。馬鹿、と小さな声で言われる。

「でもさあ、名前ちゃん今日手ぶらだったよねえ?」

「ああ、なるほど、では対局中のあれも、そういうことですか」

「違う!プレゼントはこの間持ってきて置いといてもらってる、って、幻太郎は知ってるでしょ!」

頬を朱に染め、俺の腕の中でじたばたと暴れながら名前は声を荒げる。それを見て乱数と幻太郎が楽しそうに笑い声を上げるのが、やっぱりどうにも面白くない。

(わり)い、やっぱ抜ける」

「え、帝統?」

不思議そうにこちらを見上げる名前を抱き上げると、小さい悲鳴が上がる。きっとこれも乱数と幻太郎の思惑通りで、ふたりは相変わらずのニヤケ面だが、知ったことか。

「……何でも言うこと聞くんだよな?」

「た、助けて……」

「ちゃんとプレゼント取りに来てくださいね」

ふたりに向かって伸ばされた名前の手は無情にも捨て置かれ、逆に満面の笑みで送り出される結果となった。
帝統もまだまだ若いですね、って、おまえら三つしか変わんねーだろ。

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