まんざらでもない

まったく、若いやつらというのは本当に素直で正直でまっすぐで、仕事柄、汚い大人たちと接することの多い俺にはあまりにも眩しい。まあ、あいつらの場合は元々の性格もあるのかもしれないが。
喜び、悲しみ、怒りといった感情はもちろん、あいつらに真正面からぶつけられて一番困るのは、全力の「好き」だ――なんて、こんなことを恥ずかしげもなくいえる程度には、俺はあいつらに好かれている自覚がある。というか、自覚せざるをえないのだ。

「獄さん!」

外での用事を済ませて事務所へ戻ってくると、いつものようにあいつらがいて、俺の顔を見るなり嬉しそうな声を上げる。
空却はゲームでもしているのか、スマホから顔を上げることもなく「おー」と気の抜けた挨拶をしただけだった。一方、十四と名前は飼い主が帰ってきた犬みたいに、尻尾の幻をぶんぶんと振って、こちらへ駆け寄ってくる。

「獄さん、お帰りなさーい!」

「お邪魔してるっす!」

「何がお帰りなさいだ、ここはおまえらの家じゃねえぞ」

そう言いながらも、当然のように手を伸ばしてくるふたりに、当然のように荷物を預けてしまう俺もたいがいどうかしている。事務員たちもすっかり慣れたもので、あいつらが何をしようが見向きもせず、いつも通り自分の仕事に集中している。

「……ったく、あと二十分もしたら送ってやるから用意しとけよ」

「えーっ、獄さん、私たちご飯まだです!」

「飯までたかる気か?」

「獄さんとご飯食べたい!ちゃんと自分でお金払うから!」

何を当たり前のことを誇らしげに言っているんだ。しかし名前と十四にこうして子犬のような目で見られると毎度断れない。もちろん、こんなガキに財布を出させられるわけもなく、結局全部俺持ちになるんだ。

「あー、分かったから静かに待ってろ」

結局いつものように俺が折れて、あいつらの「はーい!」という調子の良い返事を聞きながら自分のデスクに戻った。週に一度は繰り広げられるこのやりとりに、事務員たちがクスクスと笑う声は聞こえないふりをして、残りの仕事を片付ける。そのスピードがいつもより少し早いことは、さすがに誰にも気付かれていないと思いたい。

* * *


大急ぎで仕事を片付けて、ふと顔を上げると、空却と十四の姿がない。名前ひとり、来客用のソファーで黙々とスマホをいじっている。どうりで静かなわけだ。

「空却と十四は?」

問いかけると、名前がパッと顔を上げる。

「サカエで用事あるから先に行くって言ってた」

……俺の知らない間に行き先がサカエになっていた。別に良いんだが。

「獄さん、お仕事終わった?」

「ああ、もう出るから用意しとけ」

と言ったものの、名前はスマホをショルダーバッグに入れたら準備万端のようだ。扉のすぐ横に陣取って、目をキラキラさせながらこちらを見ている。
まったく、いつまで経っても、よくもまあ、あんな楽しそうにできるものだ。
残っていたやつらにひと声かけてから事務所の扉をくぐると、名前は満面の笑みで「お疲れ様でした!」と言って俺の腕に絡みついてくる。事務所ではそういうことするな、という言いつけを忠実に守っているらしい。

「毎日毎日飽きねーな、おまえらは」

「なにが?」

「こんなとこ来ても面白くねーだろ」

騒げるわけでもねーし、って、俺が言うのも変な話だが。真夏や真冬はともかく、集まるだけなら空却のところが一番良いんじゃないか。

「別にふたりに会いに来てるわけじゃないからなあ、いたら嬉しいけど」

「じゃあ何しに来てんだ」

事務所近くに借りている駐車場まで並んで歩くこの光景にもすっかり慣れてしまった。いつもは空却と十四もいるからもっと騒がしいんだが。

「仕事してる獄さん見にきてる」

……俺はなんと訊いたんだったか。つい考え込んでしまった。
何も言わない俺を見て名前はきょとんとしているし。そんな顔したいのはこっちのほうだ。

「いつもの獄さんもカッコいいけど、仕事してるときの獄さんはもっとカッコいいから好き」

一生見れる、なんて馬鹿みたいな感想を付け足して、名前はだらしなく笑った。
本当に、間抜けな顔だな、なんて思いながら、どこか愛しさも覚えてしまう俺もたぶん負けじと劣らず馬鹿なんだろう。

「それならおまえは、あいつらといるときより俺とふたりのときのほうが、俺のこと好きだって丸分かりで可愛いぞ」

「……へ」

隣を歩いていたはずの名前の足が止まる。俺も立ち止まり、斜め後ろを振り返ると、名前は両手で顔を覆ってぷるぷると震えていた。

「ひ、ひ、獄さん、お仕事しすぎて頭おかしくなっちゃった……」

「なってねーわ」

立ち止まるどころか今にも後ずさりそうな名前の手を半ば無理やり取って歩き出すと、「ひぃ」と何かの鳴き声のような情けない悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ、自分が好き好き言うのはいいのに、俺は可愛いとすら言っちゃいかんのか」

頭ひとつ低いところにある名前の顔を、腰を屈めて覗き込みながらそんなことを言うと、名前は顔を真っ赤にして、俺から逃げ出そうとしてか、掴まれた腕を必死で引っ張る。たぶん引っ張っている。男女の力の差とはここまでだったか、こいつがひ弱すぎるだけか。

「そ、そんなことないけど、だって、いつもそんなこと言わない」

「いつも言うより、こうやってたまーに言うほうが効くだろ」

覚えとけよ、と言うと、名前は「うぅ」と唸って俯いてしまった。それから瞳を潤ませてこちらを見上げて、

「……じゃあ、私の好きは、獄さんには何の価値もない?」

「なんでそうなるんだ」

あんまり悲痛な表情をするものだから、一度立ち止まって掴んでいた腕を離し、丸い頭をぽんぽんと撫でてやると、子供が親に甘えるみたいに擦り寄ってくる。

「言っただろ、そうやって素直なのが可愛いんだって」

諭すように言っても名前はまだ不満そうだ。

「だいたい、おまえは口に出さなくても俺のこと好きで好きで仕方ねーって顔に書いてるから気にしたところで無駄だ」

そう言うと、名前は真っ赤な顔で唇を尖らせていたが、納得はしたのかおもむろに歩き出した。
俺も踵を返して再び歩きはじめたが、今すげー恥ずかしいこと言ったな……ということに気付いて、顔に熱が集まるのが分かる。

(……こいつらがあんまり素直だから、少しは返してやろうと思っただけなんだが)

ふたりして頬を染めて歩いていることを思うと、今までくらいがちょうどよかったのかもしれない。
しかし、ちらと斜め後ろに視線をやると、名前がものすごく嬉しそうに顔を綻ばせていたので、たまには言ってやってもいいか、と考え直した。

Fin.

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