目に入れても痛くない

「あれ、その腕」

任務を終え、高専の敷地をふたり並んでぽてぽてと歩いていると、ふいに傑にそう言われた。身体を少し捻るようにして、傑が指差した二の腕を確認すると、いつの間にやられたのか制服の袖はぱっくりと裂け、覗いた肌には血がにじんでいた。といっても、それは既に乾いているようだし、今まで気づかなかったくらいなのだから痛みなんてもちろんない。あぁ、制服また頼まなきゃな、めんどくさいな。私が心配したことなんてそれだけだ。

「全然気づかなかった」

「痛くない?」

「ん、全然」

大袈裟なほど心配そうにこちらを見下ろして尋ねる傑にそう返しても、疑わしそうな顔をするばかりで、ちっとも信用されていないのがよく分かる。しかし痛くないものは痛くないとしか言いようがないので、そのまま歩みを進めようとすると、くいと背後の服の裾を引かれた。

「もしもし硝子? いまどこ?」

何事かと思い振り返ると、立ち止まった傑は携帯電話を耳に当て、そんなことを口にした。電話の相手もその台詞が意図するところも想像に難くない。

「ちょっと、ほんとに大丈夫、」

「じゃあ保健室で」

私の制止など気にも留めず、傑は通話を終えた。それからにこりと微笑んで、「行こうか」という声音はまるで散歩にでも誘うかのような気軽さだったが、断るという選択肢は与えられていなかった。

* * *


「なんだ、大したことないじゃないか」

制服の袖を捲り私の傷をひと目見るなり、硝子はそう言った。

「ごめんね、傑が大袈裟で」

袖を戻し苦笑しながらそう返すと、硝子はなぜか「うーん」と言ってどこか呆れたような顔をした。不思議に思っていると、数歩離れたところで心配そうにこちらを見守っていた傑が口を開く。

「女の子は痛みにも血にも慣れすぎなんだよね、特にそこのお転婆娘はすぐ無理をするから」

「うん、夏油の言いたいことは分かる、だから気をつけて見てやれとも言った」

「私が知らないところでそんな保護者面談みたいな話してたの?」

痛くないと言ったのに信じてもらえなかった理由は少しだけ理解したものの、そこまで鈍感じゃあないと抗議したい気持ちもある。

「でもこれは過保護すぎ」

「そうかなあ」

硝子の至極真っ当な意見にコクコクと頷いてみせると、今度は傑が「うーん」と首を傾げた。それから一歩、二歩とこちらへ近づいてきて、糸みたいな目をいっそう細めて私の顔を覗き込む。

「好きな子に対してならこれくらい普通じゃない?」

「……え?」

ぱち、と瞬いた目に絡め取られるような心地がして思わず息を呑むと、傑はなぜか満足そうに笑ってそっと離れていった。

「じゃ、私が報告書出しておくから。あとはよろしくね、硝子」

何がよろしくなのか分からないまま、傑はカラカラと引き戸を開けて出ていく。何も言わず自分の作業へ戻ろうとする硝子に「傑、なんて?」と訊いたら「イチャつくならよそでやれ」と一蹴されてしまった

Fin.

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