今日のライブの関係者席には空却さんと獄さんと、そして名前ちゃんがいる。名前ちゃんをライブに呼んだのははじめてだ。でも、時折そちらに視線を送れば、名前ちゃんが微笑みを返してきて、今ならなんだってできるような気持ちになる。
……ちゃんと、カッコいいって思えてもらえてるかな。
* * *
ライブが終わって楽屋で汗を拭っていると、廊下から、楽屋まで来てくれたらしい三人の声がした。出迎えるために立ち上がると、よりいっそう声が近くなって、ぼんやりと会話の内容も聞こえてくる。
「でも、私はいつもの十四くんのほうが好き」
ドアノブに手をかける寸前にそんな言葉が聞こえてきて、あんなに熱かったはずの身体がすっと冷えた。硬直する自分の前でドアが開き、三人が姿を見せる。
「あ、お疲れ様、十四くん」
名前ちゃんが微笑んで優しく声をかけてくれているのに、自分は「あ、その、」と変な返事しかできない。
「ふふ、ステージとは別人だね」
まるで追い打ちをかけるようなその言葉にいよいよ涙が浮かんできて、そんな自分の頭に名前ちゃんは慌てて手を伸ばし、きっとワックスでベタベタのそれを構いもせず撫でる。
「……どうしたの?」
「自分、カッコよくなかったっすか」
優しくて温かい手に、ついに堪えきれず涙がポロポロと溢れ出た。そんな自分に名前ちゃんは一瞬きょとんとしたあと、何故かまたふわりと笑みを浮かべる。
止まることを知らない涙を手の甲で拭うと、アイライナーが黒く滲んだ。自分は今きっと酷い顔をしていて、しかもそれを名前ちゃんに晒している。カッコ悪い、もう帰りたい、ひとりで帰らせてほしい。
「すっごくカッコよかったよ」
「でも、だって、名前ちゃん……さっき……」
いつもの自分のほうが好きって、と言ったつもりだけど、嗚咽で上手く伝わったか分からない。また情けない声を上げる自分を名前ちゃんは優しく抱き締めて、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。名前ちゃんにこうされると、いつも、まるで優しく包み込まれているような気持ちになる。でも名前ちゃんの頭は自分の目線のずっと下にあって、こんな小さい身体なのに、どうして、と思ってしまう。
そして、そうは思いながらも自分はそんな名前ちゃんの背中に腕を回し、縋るのをやめられないのだ。
「ライブしてるときのとってもカッコいい十四くんも素敵だけど、私はいつもの泣き虫で可愛い十四くんが好き」
泣き虫も可愛いも男の自分にとっては決して褒め言葉ではないはずなのに、名前ちゃんに好きと言われたら、そんな自分を受け入れてしまいそうになるから不思議だ。
「私が好きになったのはステージの上でキラキラしてる十四くんじゃなくて、いつもの十四くんだから」
ステージの上の十四くんも好きだけど、って、名前ちゃんの言葉が温かく染み渡るようで、今度はまた別の涙が溢れてきてしまう。そんな自分を困ったように微笑みながら見つめる名前ちゃんの身体を掻き抱くと、不意に視界の端から声を掛けられた。
「……おまえら、拙僧らのこと忘れてねーか?」
「帰ったほうがいいんなら帰るぞ」
空却さんと獄さんにそう言われると、名前ちゃんは瞬く間に耳まで真っ赤になって「あ、ご、ごめんなさい」と言って、ぱっと自分から離れてしまう。
「十四くん、メンバーと打ち上げあるよね!また明日ね!」
「えっ、あ、」
逃げるように部屋から飛び出す名前ちゃんを追って獄さんも部屋を出る。結局挨拶らしい挨拶もできてないけど、空却さんと獄さんにライブに来てもらうのは初めてじゃなかったし、明日も会えるだろうからいいのかな……。
空却さんもゆっくりと踵を返したものの、再びちらりとこちらを振り返り、
「アイツ、あんなこと言ってるけどなぁ、ライブ中ずっとカッコいいカッコいいってうるさかったぞ」
「……へっ」
にやりと意地悪そうに笑ってそう言い残し、空却さんも楽屋を去っていった。呆然としていた自分は、ぱたん、と扉の閉まる音で我に返る。
なんで自分は、自分がライブをしている間の名前ちゃんを見られないんだ、なんて馬鹿なことを考えながら、のろのろと着替えを始める。あぁ、明日どんな顔で会えばいいのか分からなくなってきた。
Fin.