「煙草なんか吸ってても百害あって一利なしですよ、ねえ、名字さん」
特番の撮影を終えて片付けをしていると、そんな声が聞こえてきて、ちくりと私の胸を刺す。振り返ると、同僚たちが立ち話をしているところだった。その輪の中心にあの売れっ子芸人の白膠木簓がいるのに気付いて、少し気が引ける。
「そうですね、税金も上がるばっかりだし」
そんなことを言いながら、足元の段ボールを持ち上げて、そそくさとその場を離れた。別に急いで運ばなければならないものでもないけど、どうにもゲーノージンと呼ばれる人たちは苦手で。こんな仕事をしながら何を言っているんだって感じだけど。
それに、気まずい理由はそれだけじゃなくて。
* * *
局を出て、建物沿いにしばらく歩くと植木の間に獣道のような、よく見ないと分からない細い道がある。きっと今これを使っているのは私だけだ。そこをまたしばらく歩いていくと、ちょうど正面玄関の反対側にたどり着く。小さな屋根の備えられたそこは、かつて喫煙場所として使われていたのだと思う。全館禁煙が当たり前になって放置されてしまっているのだろう。
古ぼけたベンチに腰を下ろし、ポーチに隠した小さな箱を取り出す。これまた整備されていない木々が私の姿を隠してくれている。
「どうせ、百害あって一利なしですよ」
どんどん高くなるし、ニオイ移るし、身体に悪いし。そんなことは分かっているけど、それでやめられたら苦労しない。自慢のジッポで先端に火を点すと、先ほど歩いてきたほうの茂みがゴソゴソと動き出した。やば、バレた、そう思って身構えていると、見覚えのある千鳥格子が目に入った。
「それ美味いやろ、
高なるばっかやけど」
先ほどのこと揶揄するように言われ、言葉に詰まる。そこにいたのは、他でもない、白膠木簓だった。
「な、なんでここが」
「ん?俺も昔、ここでよう吸うてたから」
当然のように隣に腰を下ろす。あぁ、わざわざ抜け出してきたのにどうして。
そんな私の内心など露知らず、彼はニコニコと微笑んでいる。
「ニオイ上手いこと隠せてるけど、俺おんなじの吸うてたから分かってもうたわ」
そう言って悪戯っぽく口角を上げる姿に、不覚にも少しきゅんとした。私がたじろいでいると、彼はするりと私の手首にその細い指を絡め、吸うタイミングを逃したまま煌々と燃えていた煙草を口に含んだ。驚いて手を離すと、彼は自分の指でそれを挟み、また嬉しそうに微笑む。
「はは、吸うてもうた」
「……禁煙、してるんですか」
「一応な」
はぁ、と彼が吐き出す煙を見て、自分が何をしにここへ来たのか思い出した。再びポーチを漁っていると、じいとこちらを見ていた彼に勢いよく煙を吹き付けられる。思いもよらないそれにケホケホと
咽込んだ。
「何するんですか!」
「いや、煙草なんかやめとき?身体に悪いで」
「よくそんなこと言えますね」
彼の言葉に従うわけではないけど、すっかり興が削がれてしまった。ポーチのファスナーを閉めると、彼はどこか満足気だった。
「白膠木さんこそ、吸っちゃってよかったんですか、せっかく禁煙してたのに」
「ホンマになぁ、やばいわぁ」
人が吸うはずだった煙草をスパスパと堪能しながら、彼は呑気に言う。
「でも今日はええねん、自分と話すキッカケ欲しかったからな」
「……は?」
灰皿ある?と訊かれたので取り出すと、彼はいつの間にか短くなっていた煙草を押し込んで、おおきに、と言って私に返した。
「鈍感」
そう言うと、彼は私の反応も待たず立ち上がって、さっさとその場を後にしてしまった。再び茂みの向こうへ消えていく後ろ姿を見ながら考える。
私だって、その言葉の意味が分からないほど子供じゃないけれど、それでも大して話したことのない、画面の向こうの売れっ子芸人にそんなことを言われて、あらそうと受け入れられるほどイイ女でもないのだ。
(……意味分かんない)
とくとくと、心臓がいつもより早く動く。
これだからゲーノージンは苦手なのだ。