まもなく日付も変わろうかというころ、就寝準備をしていると、サイドテーブルに置いたスマホが聞き慣れた着信音を流し出す。電話だ。こんな時間に誰が、と思うが、心当たりはひとりしかいない。
予想通りの名前を表示する画面をスワイプして応答する。
「……もしもし」
『もしもし、名前?起きとった?』
二日ぶりに聞くその声につい口元が緩む。もう寝るとこやった、と一言文句でも言ってやろうと思っていたのに、そんな気も失せてしまった。
「どないしたん、こんな時間に」
何かあったん、と訊くと、いや……と歯切れの悪い返事が返ってくる。簓は一昨日から泊まりがけで地方でのロケに行っていたから、何かトラブルでもあったのかと思ったが、そういう話ではないらしい。少しほっとした。
『もう二日も名前と会うてないから寂しなった……』
どこか恥ずかしそうに、いつもより小さな声で簓は言う。いつも何食わぬ顔でもっと恥ずかしい言葉をペラペラと並べているくせに、何をそんなに照れているのか。
『でもこんな時間まで電話する暇なくてなぁ……もう寝てまうん?』
そう言う簓の声は疲労の色を含んでいる。
寝てまうん、と言われれば、寝る気満々だったけど。
「別に、ちょっとだけならええよ」
明日も仕事だから長々と付き合うことはできないが、頑張っているようだし、少しくらい甘やかしてやってもいいだろう。私の返事を聞いた簓は声を弾ませる。
『ホンマに!?あ、でも眠なったら言うて……あ』
「なに?」
突然声を上げる簓に問いかけると、んふふ、と含み笑いが聞こえてきた。
『いや、俺もう寝る用意して布団の中で電話してるんやけどな、名前もそないしたらええのにって思って』
「そんなんしたら寝落ちてまうやろ」
『ええよ、名前が寝るまで付き合わせてぇな』
お言葉に甘え、ちょっと待っとって、と声を掛けてスマホを置き、パチパチと部屋の電気を消して回る。明日の用意などもほとんど終わっていたので、すぐにベッドに戻ってこられた。
「もしもし、簓?お待たせ、起きてる?」
『そんな一瞬で寝えへんわ』
私がくすくすと笑い声を上げると、簓も電話越しに笑った。
会話が途切れると、ガサガサと物音が聞こえる。布団の中にいるというのは本当らしい。そしてきっと向こうにも同じような音が聞こえているのだろう。
寝返りを打ちながらペラペラとロケ中の話をする簓の声を聞いていると、なんだか、
『……なんか一緒に寝てるみたいでドキドキするなぁ』
今まさに考えていたことを言い当てられて心臓が跳ねた。言葉に詰まる私に簓は『名前?』と不安げに声をかける。
「いや、あの、なんていうか……同じこと考えとった」
正直にそう答えると、簓はまた含み笑いをした。こちらは今にも顔から火が出そうなのに、そんなことは露知らず本当に楽しそうで何よりだ。
「これ以上喋ってたらドキドキして寝られへんくなるから切ってもいい?」
『えぇ!?アカン!』
照れ隠しにそんな冗談を言ってみると、簓は慌てふためいた様子で、耳元のスマホのスピーカーからは先程より大きな物音がした。たぶん飛び起きたんだろうな、と思う。
『なぁ、帰ったらでっかいベッド買おや』
ふたりで寝れるやつ、と囁く簓に、アホちゃう、なんて返しながら、私は次の給料日までの日数を数えはじめていた。
Fin.