CIGARET(3/3)

収録を終えるなり、何やかんやと理由をつけてスタジオを離れ、白膠木簓に捕まらないうちに挨拶もそこそこに飛び出してきたものの、それだけストレスを感じているとどうしても口寂しくなってしまうもので。かと言って、今や落ち着いて煙草を吸える場所はほとんどないし、結局いつもの喫煙所跡に戻ってきてしまった。彼に見つかる可能性が極めて高いことは頭では理解していたが、それで我慢できるならそもそも煙草なんて吸っていないのだ。
案の定、火を点けて数十秒後には彼がやってきた。

「やーっぱりここにおった」

返事代わりにふうと息を吐くと、彼はしばらくじいと私を見て、

「ちゃんと吸うてるとこ見たん初めてや」

などと言いながら相変わらず当然のように私の隣に腰を下ろした。

「……この間は理由(わけ)あって吸えなかったので」

「怒ってるん?」

「いえ、別に」

人が今まさに吸おうとしていた煙草を奪ったうえ、新たに吸うことすら阻止されたいつかのことを揶揄して言ったものの、彼からは微塵も反省の色は見られなかった。とはいえ、さすがに今回は手を出す気はないらしい。

「えらい余裕やんなあ」

ぽつりと呟いたその言葉の意味が分からず、思わず彼のほうを見た。視線が交わると、彼はかすかに含み笑いをする。

「俺が何しにきたか分かってるん?」

人の休憩を邪魔しにきている以外の何物でもないのだが。
……分かっている。今朝の話の続きをしにきたのだろう。
分かったところで何も言えず、ふいと視線を逸らすと、煙草を持っていないほうの手を突然彼に掴まれた。抵抗どころか文句を言う暇すら与えられず、その手をぐいと引かれ、身体が傾ぐ。
このまま抱き締められでもするのかと思ったら、とん、と腕が突っ張って止まった。私の手のひらは、彼自身の手によって、彼の胸にぎゅうと押し付けられていた。その意味不明な行動もさることながら、それ以上に、彼の心臓があまりにも大きく鼓動していることに驚いて息を呑んだ。一拍遅れて、煙草の煙が肺に満ちる。

「分かる?俺がどんだけ緊張してるか」

「……え、あ、はい」

言いながら掴まれていた手首を解放されたので、元の体勢に戻った。彼も私から視線を外して、正面のどこか遠くを見る。

「な、俺名字さんのことホンマに好き」

それは、先程のあまりに正直な鼓動を目の当たりにしてしまったからには、疑う余地もないことだけれども。
私のほうを見てへにゃと緩む表情も、ほんのりと薄紅色に染まった頬も。もしも演技でやっているとしたら恐ろしい人だ。だけど、

「どうしてですか?」

現状、私たちの繋がりは「同じ銘柄の煙草を吸っていた」ということだけ。まあ、同じ仕事をしているとも言えなくはないけれど、所詮ただのいちスタッフと出演者では大した関わりはない。
この状況で好きだなんて言われたって、何か裏があるのではと疑ってしまうのは、そんなにおかしなことでもないだろう。

「容赦ないわあ」

熱くなっているのであろう頬を両手で押さえるという、まるで女子みたいなリアクションを取りながら、彼は照れくささからか視線を彷徨わせた。

「真面目で仕事熱心なとこが好き、ま、名字さんからしたら他の人とあんま関わりたくないから仕事に打ち込んでるだけ、っていうのもあるかもしらんけど」

少し考えたあと吐き出された言葉に思わず「う、」と声を漏らすと、彼は「当たっとる?」と言っていたずらっぽく笑った。

「俺が言うのもなんやけどな、このご時世に煙草吸うてるやつなんかろくなやつおらん思っとってんけど、名字さんは服とかめちゃくちゃ気ぃ(つこ)てるやろ?で、普段は超真面目で……何て言うんやろ、ギャップ?に、やられてもうたわぁ」

「……それって褒めてるんですか?」

「ん?たぶん?」

曖昧なその返答に呆れる私を見て、なぜか彼は微笑んだ。

「でもな、何十っちゅう銘柄がある中で、おんなじ煙草吸うてるって運命感じひん?」

「そんなことで運命感じてたら、いくら身体があっても足りないんじゃないですか」

「ええ、つれへんわぁ」

つれない、と言う人の顔にはとても見えない心底楽しそうな様子で、彼は煙草を咥える私の口元を見つめる。居心地が悪い。

「名字さん、ゲーノージンってやつ苦手なんやろ」

突然ぽつりと吐き出されたそれに、つい何も返事ができなかった。彼は「やっぱりな」と言って、今度はなぜか悲しそうな顔をする。よく分からない人だ。

「でも、俺が話しかけたらちゃんと相手してくれる、優しいなあ」

「そんなの、社会人として当たり前で」

「せやから、そういう真面目なとこが好きやねんて」

結局そこに行き着くのか。何度も繰り返される聞き慣れない愛の言葉に正直私も彼に負けじと劣らず心臓がバクバクと音を立てているのだが、こんなのバレたら何を言われるか分かったもんじゃない。お願いだからバレませんように、と私は必死でポーカーフェイスを装った。

「なあ、そんな嫌?俺じゃアカンの?」

「アカン、も何も……急にそんなこと言われても」

「そか……」

意外とすんなりそう答えて、再び正面に視線を戻す彼に、なんだか拍子抜けしてしまった。あれだけ熱烈に語った割には、最後は存外呆気なく――

「ほな何でも教えたるから、知りたいこと訊いて!」

「……は?」

「ええ?急やからって、俺のこと知らんからアカンてことやろ?」

「う、うん……?まあ、そうですね……」

「それやったら今から知ったらいいやん、な?」

満面の笑みでこてんと首を傾げる彼を見て、思わず頭を抱えそうになった。そう簡単には逃がしてもらえないらしい。
すっかり短くなってしまった煙草を携帯灰皿に押し込んで、ちらりと彼に視線を送ってから口を開く。

「……普段からこういうことしてるんですか」

お言葉に甘えてそう尋ねてみると、彼はきょとんと不思議そうな顔をした。

「こういうこと?」

「ナンパみたいなこと」

「なっ、ナンパやないやん!ここまで来てそういうこと言う!?」

思わず、といった様子で私の肩を掴んだ彼の手をじいと見ると、おずおずと気まずそうに引っ込めた。
ナンパじゃないなんて、そんなこと分かっている。彼が本当に私のことをずっと見ていたことも、飄々としているけれど内心とても緊張していることも、全部伝わってしまったから。照れ隠しと少しの希望を込めて尋ねたそれを、こんなに一生懸命に否定されてしまったら、心が揺らいでしまう。

「名字さん……?」

突然黙って俯く私の顔を、簓さんが不思議そうに覗き込む。ぱちんと視線が交わると、彼は心底嬉しそうに、にまーっと頬を緩めさせた。

「……顔あっか」

からかうようにそう言う彼の頬も、先ほどよりずいぶんと血色がいいみたいだけれど。余計なことを言うと揚げ足を取られそうなのでぐっと飲み込んだ。

「ちょっとは期待してもええんかな」

「……知りません」

あまりの気まずさから二本目の煙草に手を伸ばしたところで、彼は「アカンアカン」と言いながら私の手首を掴んで止める。

「逃げんとって」

また身体に悪いとか、そんなことを言われるのかと思っていたら。予想外の言葉に思わずきょとんとして彼のほうを見ると、テレビではほとんど見せない真剣な表情でこちらを覗き込んでいた。しかし私と目が合うと、ぱっといつもの笑顔を浮かべ、

「もうひと押しっぽいからなあ、今は俺だけ見てえや」

「……自分で言うことじゃないでしょう」

掴んだままの手首をするりと指先で撫でられ、つい身体が反応してしまえば、私の嫌味なんて彼にはまるで効きやしない。

「ホンマにな、今すぐどうこう言わへんから、もうちょっとだけそうやって俺のこと意識しとってや」

絶対振り向かせたるから、なんて、そういうところが苦手なのだ。ゲーノージンってやつは。
やれるものならやってみろ、と強がったところできっと微塵も説得力はないのだろう。

「さっきの番組」

ぱ、と突然解放された手首を引っ込めて、もう片方の手でさする。なんだか熱い。

「名字さんがちゃっちゃとスタジオ出てったあと、偉い人にめちゃくちゃゴマすって準レギュラーまではなんとか滑り込んだから、これからよろしゅう」

語尾にハートマークでも付いていそうなその猫撫で声に、思わず「……は」と声を漏らすと、彼は楽しそうにカラカラと笑った。

Fin.

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