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仕事終わり、いつものように待ち合わせてデートに繰り出す。待ち合わせ場所で俺の姿を見つけるなり、一日働いたあととは思えないほど元気いっぱいで、嬉しそうに駆け寄ってくる名前に、つい頬が緩む。開口一番「どこ行く?」と訊ねられた俺は、無意識に「通天閣」と呟いていた。

「通天閣?」

「……あっ、や、ちゃうちゃう!名前の行きたいとこでええよ!」

「いや、行きたいんやったらいいよ?」

名前は心底不思議そうな顔をしながら了承した。その反応はもっともで、普通、観光客でもないのに行くところではあるまい。
歩いて行けんことないけど、と言われたので、ほな歩いて行こ、と名前の手を取り歩き出した。
理由訊かれたらどないしよ、なんて思っていたものの、名前は特に何か訊いてくることもなく、隣をぽてぽてと歩いている。新世界にさしかかり、俺にとっては至極馴染み深い展望塔の姿が見えてくると、おお、と名前が声を上げた。

「本物、めっちゃ久しぶり見た……」

そう言う名前の顔が、行きたい行きたいと言っていたオシャレなカフェで可愛らしいケーキが運ばれてきたときと同じで、つい笑ってしまう。いつでもここにある通天閣も、あの行列に並んでようやく食べられる高いケーキも、名前にとっては同等なんだろうか。
ずっと上ばかり見て足元がお留守な名前の手を引き、入口へ向かう。階段を降り、入場料を払い、展望室へ向かうエレベーターを待っていると、隣から視線を感じた。

「最近来たん?」

何気なく投げかけられた質問に、心臓がギクと跳ねる。いや、別に来ていることはバレてもいいのだ。問題は、それが落ち込んだときや悩みがあるときだということで、そして今日の俺は、行きたい場所を訊かれたときに無意識にこの場所を答えてしまうような精神状態だということだ。

「あー、うん、ロケでな?なんで?」

「いや、こんな分かりにくい入口、ようスッと入っていったなって思って」

しまった。確かに、今の通天閣の入口は微妙に分かりづらくて、いかにも入口ですという感じの建物は実はダミーで。その向かいに、この入場口のある地下へ降りてくる階段があるのだ。
しかし、名前は俺の返答を特に訝しむこともなく「そっか」と言って、この話題は終わったようだった。

通天閣の中は、よその観光客向けのタワーとは一線を画している。コテコテのオオサカをゴリ押しした独特な雰囲気に、名前は少し引いたように「おぉ……」と声を漏らした。すっかり見慣れてしまっていた個性的な展示も、名前のリアクションがあるとどうにも新鮮に見えるから不思議だ。
名前は数メートルごとに足を止めては「何これ」とか「意味分からん……」とか褒めているのか貶しているのか分からない感想を呟くので、なかなか展望台へ進まない。

「楽しそうやなぁ」

「いや、簓がリアクション薄すぎんねんて」

キョロキョロと視線を動かしては百面相をしている名前を見ていると、自然と口角が上がってしまう。
……俺は毎日必死で頭使ってお客さん笑かしてるのに、なんかずるいな。

「あんま遅なったら閉まってまうやろ、そろそろ行くで」

そう言って手を引くと、名前は不満そうな顔をする。

「また来たらええやん、近所やねんから」

「また来てくれるん?」

「ええよ、いくらでも」

どうせ俺は定期的に来てるしな、なんて内心では思いつつ、名前が納得したのを確認して展望台へ続くエレベーターへ向かい歩き出した。

* * *


相変わらず癖の強い映像を流しているエレベーターに、名前はまた表情をころころ変えて、そんな名前を見て俺も笑った。

「うわ、すごい……」

ようやく辿り着いた展望台で、きらきらと輝く夜景――の前に、ギラギラと黄金色に輝くその空間を見て、名前は声を上げた。相変わらず、どこか呆れたような引いたような、それでいて興奮も隠し切れていない。

「通天閣の中ってこんなんやった……?」

「な、びっくりするよな」

――この一個下のフロアではミラーボール回ってるんやけど、それ見たらどんなリアクションするんかな、なんて少し楽しみになる。俺も子供のころには昼間にしか来られなかったから、初めて夜に来たときは昼間とのギャップに驚いたものだ。
おそるおそるといったふうに足を踏み入れた名前は、一面のガラス窓に映る夜景が目に入ると、今度こそ本当にどこかうっとりとした溜息を漏らした。

「こういうタワーって観光地でしか登らんけど、知ってるとこのほうが面白いなぁ」

そう言うと名前は俺の服の袖を引き、あれうちのオフィス、なんて遠くを指差して顔を綻ばせる。

「な、名前、もう一個上行かん?」

「上?」

ここが最上階じゃないのかと不思議そうな顔をする名前の返事も待たず、受付のほうへ手を引く。もう一個上――屋外展望台は閉まるのが少し早い。受付時間ギリギリだった。
階段を上がり扉を抜けると、強い風が髪をかき上げ、そして今度はガラス越しでないオオサカの街が一面に広がる。
そういえば名前、高所恐怖症とかやなかったよな……?と今更気付いて様子を伺うと、きらきらと目を輝かせて、今にも柵の手前スレスレまで飛び出していきそうな勢いだったので安心した。

「わぁ……!」

繋いだままだった手をぐいと引かれ、一緒に歩みを進める。柵に手を掛け、街を見下ろす名前の瞳は鮮やかな夜景が眩く映り込んで、それがあんまり綺麗で俺の目はちかちかした。

いつもはこの景色を見て元気を貰っていたはずなのに、今日はもう、なんにも思わない。それはきっとこのオオサカの街よりも明るくて温かくて、そして何より愛おしい存在が隣にあるからで、そもそも俺は名前と一緒に歩いている間に、何に悩んでいたのかも忘れてしまっていた。

「もう通天閣()んでええかもなぁ」

「え?また来てくれるって言うたやん!」

俺がぽつりと呟いたそれが耳に届いたのか、名前はがばっと振り返って言う。

「あ、いや、そういう意味やなくて……」

怒っているのかと思い慌てて弁解しようとするが、名前は何故か少し嬉しそうな顔をしていて、つい言葉を紡ぐのを忘れてしまう。

「簓、元気出たみたいでよかった」

「……え?」

「今日()うた瞬間、なんかしんどそうな顔してるし……しかも通天閣行きたいとかわけ分からんこと言い出すし、何かあったんやろなぁって」

もう元気やんな、と言ってこちらを覗き込む名前の笑顔は、今日で一番晴れやかで――そこで初めて、心配をかけていたことに気付いた。

「バレとったかぁ」

「簓、意外と分かりやすいで?」

「え、ホンマに」

驚く俺に含み笑いをして、名前は再び街の景色へ視線を戻す。

「簓、ロケとかやなくて、たまにここ来てるんやろ」

「まあ、たまにな」

「この景色見てたら元気出るやろなぁ」

そうやったんやけどなぁ、今日はそれより――なんて、恥ずかしすぎる台詞を吐きそうになった自分の頬をぺちと叩くと、名前が不思議そうにこちらを見つめた。

「……なに?」

「いや、なんもないよ!」

照れくさいのを隠すため、名前の手を引き歩き出す。ゆっくりと展望台を一周し、階段へ向かう。どうせ名前はまた階下でやいやいと感想を述べ百面相をして、たっぷり時間をかけることになるだろうから、あんまりのんびりはしていられないのだ。
それに、また付き合ってくれるのなら、今日全部を堪能しなくったっていいだろう。
とりあえず、次の山場はミラーボールが目に入ったときやな、なんて考えて笑いを堪えきれない俺を、名前が訝しげに見つめていた。

Fin.

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