おやすみ、サンタクロース

クリスマスといったって所詮なんてことはない平日で、実際ただのOLの私だって普通に仕事だし、年末で死ぬほど忙しいし、そもそもうちキリスト教じゃないし、だから何もなくたっておかしなことはない、何かあるほうがおかしいのだ。

(……って聞き分けられるほど大人やないわぁ)

ゴールデンの特番に出る恋人の顔を見ながら盛大に溜息を吐いた。実物は今頃なんばの劇場で漫才をしている。芸人も年末は忙しいらしい。撮影も公演も営業もたくさんあるのだと。
仕事があるのはいいことなのに、それを素直に喜べない自分が嫌いだ。

仕事帰りにスーパーで買ってきたお一人様用の小さなカットケーキを食べていると、ちょうど見ていた番組が終わってしまって、真面目なニュース番組が始まる。テレビすら私から簓を奪うんか、と悪態をつきながらザッピングする。特に興味を惹かれることもなく、結局またニュース番組のチャンネルに合わせ、今日の出来事を読み上げるアナウンサーの声をBGMにスマホの画面を眺めた。SNSには友人たちが恋人と過ごす様子が絶えず流れている。相手が相手なので、どっちにしろそういうことはできないのだが、自分も少しくらい一緒に過ごしたかったなぁ、なんて思わないわけではない。

(ま、()うたところでケーキ食べるくらいしかやることないねんけど)

最後まで残していた苺を食べてしまうと、どっと虚無感が襲ってくる。こんなことならケーキなんて買ってこなければよかった。いつも通りの平日を過ごせばよかった。
昔は楽しかったのになぁ……といっても、サンタクロースが家にいたころの話だけれども。でも、学生のころも独り身同士でご飯を食べに行ったりして、なんだかんだで楽しかっただろうか。恋人がいる人間はいいなぁ!なんて吠えていた記憶があるが、いくら恋人がいても当日そばにいないのではまるで意味がないということをこの年齢になって知った。

(あかん……ろくなこと考えへんわ……寝よ……)

どうせ明日も年末進行で忙しいのだし、起きていたって虚しいだけだし、ここは素直に寝てしまおう。連日の疲労のおかげで、布団に入ってしまえばあっという間に意識を手放せた。

* * *


寝返りを打つと、右手にコツンと何かが当たった。ヘッドボードにしては痛くない。不思議に思ってゆっくりと重い瞼を持ち上げると、小さな赤い箱が目に飛び込んできた。

「……何やこれ」

未だ覚醒しきっていない頭で考える。こんなもの置いたっけ。いや、置くも何もまるで見覚えがない。身体を起こすと、ドアの隙間、廊下から光が漏れているのが目に入った。電気を消し忘れたか、と記憶を辿ろうとして、手元の箱と繋がる。私は箱を片手にもそもそと布団を抜け出して、足音を立てないよう爪先立ちで歩き出した。寝室を出て、廊下を抜け、リビングのドアをそっと開けると、ソファーの端に覗く緑色のグラデーション。簓は、テレビも電気も点けっぱなしですよすよと寝息を立てていた。

(コイツ、私んちまで勝手に合鍵作っとる……)

いつか聞いた盧笙さんの愚痴を思い出して溜息が出そうになるが、穏やかな寝顔を見て、ぐっと飲み込む。簓は意外と警戒心が強いから、溜息ひとつで起きてしまうかもしれない。
今日も明日も忙しいくせに、サンタクロースの真似事をして、風呂にも入らず硬いソファーで寝て、馬鹿じゃないのか。そんな心とは裏腹に、私の顔は、にやにやと緩みそうになるのを抑えきれないのだ。
このまま朝まで寝かせてやろうかと思ったが、寝返りを打とうとして背凭れに額をぶつけ顔を顰める簓を見て、思い留まる。あいにくこの家にはシングルベッドがひとつあるだけなのだが、まぁ……ソファーよりはマシだろう。

「簓、」

声を掛けて肩に触れると、簓は簡単に目を覚ました。どうせちゃんと眠れていなかったのだろう。私の顔と点けっぱなしのテレビの画面、それから私が小脇に抱えていた箱を順番に見て、簓は「……あぁ」と声を漏らす。

「名前、おはようさん?」

「まだ二時や」

「そーなん……?」

簓は細い目を擦りながらゆっくり身体を起こすと「イテテ」と言って伸びをした。

「そんなとこで寝るからやろ、ていうかこんな時間に何してんの」

「えぇー?分かってるくせに」

そう言って簓は私の持っている箱にちらりと視線を送る。

「クリスマスやのに一緒におられへんかったからな、これくらいしたろ(おも)て」

「気持ちは嬉しいけど、そんなん明日でも明後日でもえぇねん、この忙しい時期にこんなとこで寝て身体(わる)したらどないすんの」

簓はへにゃと顔を綻ばせて言うが、私はそれどころではなかった。未だ来てくれたことにもプレゼントにもお礼を言えていないのに、説教じみたことを言ってしまう。可愛げのない。
しゅんとする簓に箱を持っていないほうの手を差し出すと、簓は不思議そうな顔をしつつも、ほとんど反射的に手を取った。よいしょ、と持ち上げてやると、簓も足に力を入れて立ち上がる。
きょとんとする簓をそのまま寝室まで引っ張っていって、ベッドに放り込んでやった。

「狭いけどソファーよりマシやろ」

「……え?お、俺ここで寝んの?」

「文句あるか」

「いや、文句とかやなくて、えぇ……?」

挙動不審になる簓の上に掛け布団を放り投げて、自分もそれに潜り込む。例の箱はヘッドボードに置き「これについては明日コメントするから」と宣言すると、簓は「あ、はい」と返事をした。

「じゃ、おやすみ」

「え、あ、おやすみ……」

いかにも釈然としないという様子の簓は見ないふりをして、リモコンで電気を消す。簓はまだ「えー……」だのなんだの声を漏らしていたが、私が無視を決め込んでいると、布団を肩まで被り直して素直に寝る姿勢に入った。それを確認してから、少しだけ言葉を紡ぐ。

「簓、忙しいのにありがとう」

「……いつも心配かけてばっかりですまんな」

布団に入ったばかりだというのに、簓の声音はもう眠そうだ。そんなに疲れているくせに、私のことばっかり考えて。
もぞもぞと身体を簓のほうへ向け、細い腕にぴとりと額を押し付けると、簓もまたこちらを向き直し、ぬいぐるみか何かのように私を抱き締めた。

「そういうことされたら変な気分になるんやけど」

「うるさい、スケベ。そんな眠そうな声でよう言うわ」

頭頂部のあたりから、ぼーっとした簓の声が聞こえる。その言葉も嘘ではないのだろうが、それ以上に強い睡魔に襲われているのだろう。お互い明日も仕事なんだから、とっとと寝てしまえ。
背中に回した腕でぽんぽんとリズムを刻んでやると、簓はあっという間に眠りに就いた。嘘やろ。

* * *


翌朝、目を覚ますと簓はもういなかった。洗面所に行くとシャワーを使った痕跡があったので、そのまま仕事に行ったのかもしれない。シャツのまま寝ていたが大丈夫だったのだろうか。
身支度をして家を出る前に、簓が持ってきていた箱を開ける。ずいぶん小さいからアクセサリーか何かかと思ったのだが、出てきたのは薄い水色をした香水だった。袖口に軽く振ってみると、自分では選ばないような不思議な香りがした。少し男物っぽい気もするが、割と嫌いではないし、どこか懐かしいというか、よく知っている匂いな気がする。その感覚の正体が分かったのは、夜になってからだった。
今度はきちんとインターホンを押して上がってきた簓が玄関のドアを開けた瞬間、今朝と似た香りが鼻を掠めた気がした。

「あ、着けてくれてるなぁ?」

「うん、ありがと」

メールでもお礼は伝えていたが、改めてそう言うと、簓はニッと口角を上げる。

「何の匂いか分かっとる?」

「ん?いや、どっかで嗅いだことあるとは思うんやけど」

「それな、俺がいつも使(つこ)てるやつを、女性用にちょっとアレンジしてもろてん」

オーダーメイド!?と言おうとして息を吸うと、確かに、微妙に違うがよく似た香りが鼻腔を通っていった。

「一緒におられへんときも、これで俺のこと思い出してなーっていうのと、あとはまぁ……マーキング?」

「マ、マーキング……」

「悪い虫がつかへんように」

言いながら簓は私の手を取り、その袖口のあたりを顔の前まで持ってきて、すんすんと鼻を鳴らし「えぇやん」と呟いた。

「俺のって感じがする」

「……今年のサンタはおっもいわ」

「プレゼント配るのひとりだけなんやから、そら激重やで」

そう言って何故かドヤ顔をする簓に呆れてハァと溜息を吐く。すると簓は、先程まで嗅いでいた手首をきゅっと握り、

「なぁ、俺のサンタにもお願いしてえぇ?」

と言い終える前に、私の顔に自分のそれを近付け、一日遅れのクリスマスプレゼントを半ば無理やり奪いにかかるのだった。

Fin.

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